真面目に働いてる人たちもいることを知っているにもかかわらず、
そういや何となく“ちゃんとしてない人が多いな…”とか思ってしまう。
NHKの集金の人たちが、比較的スーツを着てきちんとしてるのに対して、
新聞販売員って、基本的にジャージで、物言いも横柄だったり適当だったりして、
たまにスーツの営業が一緒に来たかと思ったらなんかやたら威張ってたり、
範囲で決めつけたらあかんと思いつつも、なんかもうアレな人たちだなぁ…とか。
前に新聞を取ってた頃、集金に来てたおっさんは、
もうメチャクチャいい加減で、服装も冬でも半ズボンにビーチサンダル、
おっさんちゃんと風呂入ってんの?みたいな、
超適当な人だったんだけど、
何となく憎めない感じがあって僕は嫌いではなかった。
…まぁ、でも、ダメな人って言えばそうだったんだけど…
んで、立て続けに起こる中での、毎日新聞のコメント。
取引先である販売店の従業員が逮捕され、誠に遺憾です。販売店は本人をすでに解雇しましたが、人事管理を徹底するよう改めて販売店を指導いたします。
これ、すっげー違和感あるんだけどさぁ…
『取引先』なのに、『指導』するんだぜ?
確かに、組織システム上は取引先だろうけどさ、
実質的に出先機関、販売機関だろ。
実質的に、毎日新聞の販売部門の末端、じゃないの?
なにこの、俺ら関係ありませんよ的態度。
もう一個。
今度は朝日新聞、8/29の社説より。
逮捕者には、朝日新聞の購読を勧誘する男も含まれていた。胸がふさがれる思いだ。
(中略)
犯行の悪質さとともに、今回の事件が浮き彫りにしたのは、インターネット社会の危うさだ。
容疑者たちが知り合ったのは、携帯電話などから接続する「闇の職業安定所」というサイトだ。互いの素性や本名すらよく知らないまま、顔を合わせると女性を襲う計画を立てた。
(中略)
インターネットは便利な一方で、危うさをはらむ道具だ。犯罪の温床にしないために、知恵をしぼっていきたい。
まぁ色々ツッコミ所があるんだけど。
まず、販売店員に対して、『勧誘する男』。
そりゃ、資本的に見て別に関係ないのかもしれん、
そういう意味で、下手に関係付けて書けないのかもしれんよ、
でもこの、無関係ですよ、っていう書き方、どうなのよ。
加えて、最終的にネットが危ない道具だそうだ。
百歩譲ってそれに同意するにしても、
(道具の危険さは普通、使い方による。包丁の使用自体を禁止する法律はまだ無い)
危険が集まっている場所がネットなら、
年齢その他の条件で就職するのが難しく、低収入な層が集まっていると想像できる、
『新聞販売員』っていう『階層』だって、十分危ないんじゃないの。
真面目に働いてる人もいるんだから、という反論もあるだろうけど、
ネットだって同じだろ、そんなの。
要素個々に着目した、絶対的な評価ではなく、
『それ』と、『それ以外』とを比べたときの相対的な危なさ加減の話、なわけだから、
そういう意味で言えば、新聞販売員含め、平均値よりも犯罪者を多く含む集団は、
すべからく危ない、と表現されるわけだ。
いや、朝日社説の論理に従えば、ということだけどね。
自分らが、外注という形でいつでも切れる下請けとして、
長年にわたって美味しく使い倒してる販売店、販売員が、
どういう生活をしてるのかっていう部分、
それがこれだけ『浮き彫りになっている』ってのに、
それに対してひとっことも無いってのはどういうことなんだ。
他人事ですらないのか。
まるっきり無視か。
意味わかんねぇ。
いつまで、無関係を主張し続けるんだろう。
いい加減、なんとかせーよ。
あんたらが一番、なんとかしやすい立場に居るんだろう?
そう言う部分をさぼってるから、結果として、
例えば、まともに就職できない人たち…コンビニくらいでも面接で落とされちゃうような人が、
何とか働いて食っていくための受け皿として存在してるわけだ。
もちろん、待遇改善→受け皿として機能しなくなる→おっちゃん達路頭に迷う、
っていう可能性もあるから、そうなると色んな意味で本末転倒だけど、
ネットがどうこう言う前にやれること、それも社会に対して直接やれることがあるんだから、
それ、やれよな。
報道機関として、痛いよな。いい加減。