Sophisticated

人を見ていて、特に気になる態度がある。
それはつまり一般的に
“Sophisticated” と表現されるような態度なのだが、
ある種の人々はそうした概念に支配されている。
“Sophisticated” が、
その人自身を表す形容詞になっているのなら、
それは美しい。
だが、それがその人の行動や仕草、のみを
表すような場合、それは少々、醜い。

僕の狭い見識の中での印象では、
日本人においては、
東京の人間が最も重きを置いてるように思う。
そして、それにあこがれる、関東周辺の人間、
それらに対するコンプレックスとして、
結局は憧れている大阪人(または関西人)、
といったように、ある一定の種類の人間の間に、
そうした雰囲気は広がっている。

“Sophisticated” とは、
ある種の色、つまり、人間としての生き方、考え方、
そうしたことの『理想』を表すものの一つであり、
ポリシーである。
少々大袈裟に聞こえるかもしれないが、
ポリシーというのは実は空気のようなものであり、
自覚無しに(もちろん時には自覚して)
態度に表れる。

対義語としては、”provincial” などが当てられる…
かどうかは知らないが、まぁそういうことになるだろう、
しかし中途半端な “Sophisticated” は、
それ以上に格好悪い。
誤解を恐れずに言えば、あまり、美しくない。

そう指向していない限り、そうはなりえない。
だから、今は例えそうでなくても、
何年後か、美しくなっているのかもしれない。
だが…
現時点では、何か間違えてるような気がする。