何でもかんでも「健康に良い」と言って薦める風潮には心底辟易しているのですけど(「酵素」なんか経口摂取したって体に効くわけないだろ)、そのことと、酵母とか発酵とかが科学的に疑わしいと考えることとはまったく別の考えなのでその当たり上手いこと指摘出来ればと思います。

返事の送り先は、いつもニコニコ動画に投稿される動画を楽しみにしている李花尺さんのこちらのエントリー。

李花尺亭(不定休): 雑感

どうも。少し気になることがあったので。

ときおり、発酵・酵母・酵素をキーワードとする「健康によい食」に関する話題を見かけます。そのことに対する疑問の記事も見たことがありますが、私からもいくつか。


微生物の活動について、科学的な一般論としては良くまとめられているので、一読されると面白いかと思います。特に、培養などの生物学的実験に苦労してきた学生諸君は、納得出来る部分も多いかと思います。「有用菌の培養ってどこのご家庭でも出来るような簡単なことじゃねーよ」みたいな怨嗟が、今日も帰れない実験棟から聞こえてくるようです。コンタミとか。


とは言え少し長いので、李花尺さんの疑問と指摘を箇条書きとして抜粋してみましょう。
酵素に関する部分は異論が無いので割愛します。

  • 家庭で酵母の「タネ菌」を自分で取るというのはほぼ不可能です。かならず細菌が混じると考えてください。
  • 酵母液(食品を瓶詰めして酵母(酵素)の力で発酵させたもの)はなにか分かりません。
  • 酵母液の気になる点は、気泡を酵母の働きの目安にしていることです。これは酵母が糖を分解してできる炭酸ガスをさしているのでしょうが、細菌も糖を分解して炭酸ガスを作ることが出来ます。
  • 酵母液の調製には煮沸した瓶、水を使うようですが、煮沸に滅菌作用はありません。
  • 基本的に企業が血眼になって探した酵母や乳酸菌は優秀です。
  • 酵母液を自分で作って、それを利用すれば健康でいられる、というのはまやかしです。

まあだいたい言わんとしていることはわかります。科学的素養がある人が「家庭で行う発酵について述べよ」と言われたらこうなるよね、という模範解答のような記事ですね。間違っていることは1つも無いと思います。

ただね、現実というのはもう少し偏って存在します。
この「理屈」に基づくリスクはいついかなる時も可能性としてひとしく存在していますが、ひとしく存在しているからと言っていつかなる時も起こりえるわけでは無い、ということです。


解りやすい例を挙げましょう。


例えばぬか漬け。


今でこそ、ぬか漬けを家庭で作る家は少なくなりましたが、かつてはどこの家庭にもぬか床があり、それぞれに野菜などを漬けていたものです。ぬか床が置かれる環境が家庭によって大きく異なることから、その中ではあらかじめ想定していなかった細菌が繁殖し、人間に害をなすというのは十分に考えられる理屈です。そのリスクの指摘は科学的に全く正しい。でも現実にはそれは意味のないことなんですね。

なぜか?

ぬか漬けの場合、ぬか床の用意から日常のメンテナンスまで、それを「正常」に保つための手段が確立されているからです。詳しく分析すれば有害な細菌が含まれていることもあるでしょう。しかし全体として無害に保つことは、そのリスクを知らなくても十分に可能です。そのリスクに対する無知が、健康に対するリスクになり得るかというとそんなことは無いわけです。単に「ぬか漬け」というものに対する知識が十分にあれば良い。科学的なリスクの指摘が、いつでも意味を持つかというとそれは実は間違いです。科学的なリスクの判断と、現実からのフィードバックと両方が必要。この場合、特段にリスクを指摘する必要性はありません。害をなす兆候とそれを回避する方法さえ知識としてあれば、問題は起きないのです。というか、何百年もの間そうしてきましたからね。


このあたりが、記事の主眼である「リスクの指摘」に対する返答です。

まあ、米ぬかを「発酵」させて経口摂取し「放射性物質排出に役立つ」とか言ってた人は、もう少しこのリスクのことを考えてみるべきだとは思いますが。バカにもほどがあるだろ。


次に細かい点について2点ほど指摘を。


  • 酵母液の調製には煮沸した瓶、水を使うようですが、煮沸に滅菌作用はありません。

これはまあ何というか、もちろん正しいのですが、目的が少し専門的に偏りすぎているかなあと言う感じですね。確かにすべての細菌が煮沸することで取り除けるわけではありません。しかし煮沸の目的は「滅菌」では無いのですよね。用語を選ぶのであれば「殺菌」です。全体的な菌の存在数を減らして、任意の菌を培養しやすい素地を作るのが目的です。別に無菌室を作ろうというのではありませんし、特定株を培養しようというのでもありません。味噌を造る際に「納豆を食べてはいけない」というルールがありますが、まあそういうことです。粘らない「普通の」味噌が造りたかったら、煮沸とアルコール消毒で「殺菌」し、納豆菌が影響力を及ぼさないようにすることが必要です。

実際問題として日本酒のようなシビアな製品はともかく、家庭での発酵食品の製造においては、「滅菌」は問題になりません。重大な害をなす細菌の混入はリスクとして存在するとしても、発酵食品に対して「滅菌」の概念を持ち出すのは少々大げさな態度、言ってみれば「牛刀」であると言えると思います。そもそもそのリスクを考えるのであれば、ご家庭にある食器はどれも使用出来ないのではありませんか?要は問題が起きるしきい値を超えないようにコントロールすることが必要で、煮沸はそのための手法であり、「滅菌」することは求められていません。放射性物質の基準値の話に似ていますね。

それでもなお「滅菌」についてこだわりを感じるようであれば、「齋彌酒造」という酒蔵について調べてみると良いでしょう。「美酒の設計」という本が参考になります。



  • 基本的に企業が血眼になって探した酵母や乳酸菌は優秀です。

「優秀」の定義が何かによりますが、一般的には「発酵力」と「味への影響」をさすのでしょうね。そういう意味で言えばもちろん、市販の製品は優秀です。なぜ優秀かと言えば、雑味が無いからです。市販のイースト菌は、特定株のイーストのみが含まれた製品ですし、それを使えば発酵は容易です。


ではなぜ、それを良しとしない人がいるのか?
それは「優秀」の定義が人によって異なるからですね。


ここでも人間に害をなす細菌の繁殖というリスクの指摘がありますが、しかし、現実的に見てそのリスクはいついかなる時も起きるものではありません。「単なる経験則であり、今まで10年間大丈夫だからといって明日大丈夫とは限らない」それは理屈であり、そういう「理屈」ドリブンで考えると不思議なのですが、いや実際問題そうなんですね。

ベルギービールに「ランビック」という種類のビールがあります。このビールの特徴は「酵母を付加しない」。すべて野生の酵母によって発酵が進められます。その分「発酵力」という点では優秀で無く、製品が出来上がるのに1年を要しますが(日本で一般的な下面発酵のビールの場合2週間ほど)、1年間の間入れ替わり立ち替わり訪れる様々な細菌によって、さまざまな発酵が行われ、最終的には毎年同じレベルの製品が出来上がります。

もちろん製品ですから成分分析始め衛生管理は厳格に行われていると思いますが、ともあれ、発酵というのはそういう性質のもの(環境を整え同じ手段を踏むと同じものが出来上がる)であり、純粋培養でない発酵の持つ魅力というのは、そういう部分(想定していない細菌による想定していない効果)にあります。企業が行ってきた企業努力を否定するつもりはありませんが、人類が様々な失敗を経て淘汰してきた手法、それに対する努力についてももう少し目を向けてあげると幸せになれると思います。逆説的ですが「想定しないものをコントロールする」のが発酵の歴史です。発酵というのはそういう種類のものですよね。



まとめ

僕自身、「酵素」を摂取すれば生体エネルギーを使わずに済む(ロウフードの基礎概念)とか、発酵食品によらず特定の食品の効果に健康を預けるような思考(「これさえ取っていれば健康」)には非常な嫌悪感を感じますが、発酵に関して言えば、そういう理屈では語れない奥行きがもう少しあるという印象です。


かみ砕いて言えば、理屈で言えば細菌繁殖して食えないだろというものが食えて健康にも良いから、不思議なんですよ。


であるからこそ、発酵というのは科学的な研究対象になり得るわけです。それに対して「細菌繁殖して食えないだろ」という理屈をまず出すことは、現実を見る目を失っている点と、理屈と現実のギャップを論理で埋めようとする姿勢が欠けているという点で、「科学的では無い」のではないかなと感じます。

まあこの辺は、フィールドワークをどう考えるかとか、趣味嗜好もしくは科学的哲学の問題に入っていってしまいそうなのであんまり深入りしたくありませんけどね。



まあ、簡単ですがそんな感じです。