本日誕生日を迎えまして、36歳になりました。
明けましておめでとうございます。

人間、長い人でだいたい「8回転」くらいするわけですが、ようやく3回転目。1回転毎に人生は大きく変わるような気がしていますが、30代も後半になってくると人生の軌道修正もなかなかむつかしく、「このままだとこんくらいの老後」みたいのが見えてしまってもがきながらもなんだか面白くない考え方に行き着こうとしている、そんな自分が気に入らないのですが、しかし考えてみましたらばまだ変身ないしはお色直しを4回残していると言うことになりまして、まだまだ人生先は長いしたどり着くかも解らない7回転目以降を嘆息しても始まらんよな、というところです。


上のセンテンスを一言で言うと。


あきらめたらそこで試合終了ですよ…?.jpg


去年までの誕生日

35歳になりました。 | mutter
34歳になったようです。 | mutter
33歳になりました。 | mutter
32歳になりました。 | mutter
ヒゲトリマーを貰ったよ。 | mutter


去年の自分の書いたものを見返してみると、こんなことを書いていました。


35歳になりました。 | mutter

そんなことを含めての、境界線的な1年になるような気がしてます。
というか違うか、「境界線的な1年にしていきます」かな。能動的に。

頑張ります。



確かに「境界的な1年」にはなったかもしれません。ただ僕が思っていたような境界とはちょっと違いました。僕が思ってた「境界的な1年」はもっと細い線、例えばある日を境にとか、激動の1週間とか、もしくは「引っ越し」「転勤」みたいなイベントとか、そういうものを想像していたんですけど、まさか1年全体をぶっとく塗りつぶすような線だとは思いませんでした。人間、境界線の中に取り込まれてしまったらどうなるのだろうか、なんて考えも及びませんでした。どうなるのか?真っ黒い線の中で、前も後ろも上も下も解らず、どっちに抜けたら前にいたのと違う方に出るのか解らないまま泳ぎ続けることになります。


「暗中模索」


僕にとってのこの1年はそんなイメージでした。


この1年がこれからの生き方にきっと大きな影響を与えるだろう、そう思って毎日を過ごしていますが、でも実際にどうなるかはよく解りません。ただ1つ解っていることは、以前いた場所も、境界線のなかも、「自分の場所ではないな」という感覚。前回の「暗中模索」の時には結局出る方向を間違えてしまって「1回休み」でした。その期間に習得した技術で今の職にいるのですけど、でも「1回休み」にならなければもっと「普通の社会人」だったろうなあとも思っています。自分が安く買われているのも「1回休み」のせいだからですね。

ただそうは言っても過去のその経験をやり直すことは出来ませんし、それと同じ蹉跌を踏むまいと思ってもどうすれば同じにならないかはよく分かんない。「人生ハードモード」っていう嘆き節がありますけど、ホントそんな感じ。それが楽しいんじゃないかという思いもあるんですが、やっぱりね。イージーモードの方が楽に決まってますよ。どこまでやり込むか自分で決めれるという点で。デフォルトでやり込みゲーとかマゾゲーにもほどがある。



話がずれました。もっと明るい話をするんだった。



「境界的な1年」は依然として続いています。あと半年くらいは続くんじゃないかな。罫線付きB5ノートの真ん中から少し上くらいにある2行分を「境目」として真っ黒く塗りつぶす勢いです。「暗中模索」の泳ぎ方は依然としてわからないままですが、人生は初見がデフォルトだし、まあなんとかなるんじゃないのとも思っていたりします。最近は、どんなことをやっていきたいかについて、ぼんやりとでも具体的に話をするようになったしね。

不器用かつ臆病なので、最初の一歩を踏み出すのに本当に長い時間が掛かるのですけど、また報告出来ることが出来たら、報告したいと思います。



俺も頑張るからお前も頑張れ。おうよ。



ここから抜け出したとき、自分がやることを自分で決められるようになってたら良いな。