Facebook上にとある友達がいて、素直でものすごく良い奴なんだけど、唯一非科学的な偽情報や人を煽った上で持論を擦り込むようなトンデモ情報にとてつもなく弱いという「欠点」があり、そうは言っても友達なんだし気にしないで置けば良いじゃないと思いつつ、さすがに定期的にタイムラインに放り込まれるのがツラくなったので、フォローを外すことにした(友達の関係はそのまま保ちつつタイムラインにニュースが流れてこなくなる)。

しみじみ、僕はウォッチャーには向いてないなあと思いました。対象に感情移入しすぎる。ウォッチャーをウォッチするのは好きだし得意な気がするけれども、「前線」に立つのには向いてない。



で、フォローを外すに当たって、まあなんというかどうしてこう「外れ」ばかりを引きまくるのか?と考えると、こうなるよなあと思ってたことがあったのでFacebookに書いてみました。それをちょっと手直ししてこっちも転載する。

一つ言えるのは、ある「安全」「自然」「エコ」を主題とした根拠の無い主張を盲信・回覧する人は、同じような主題の根拠の無い話を次から次に信じる。ちょうど詐欺に遭った人が詐欺師グループの名簿に載って何度も騙されるのと同じ構図。「物語」を変えてしまえば何度だって騙される。

そこに入る入口はたくさんあるけれど、「物語」を自分で考えようとしないから、1回入った後はどんどん嵌まる。本人が気付かない限り出口は見えない。「正しいことをしている」という多幸感だけがある。まあそれだけなら「幸せそうで良いですね」としか思わないが、信じている人は自らの行動に疑問を持たないばかりか、人に薦めようとさえする。不特定多数に回覧しようとする。本人は啓蒙活動のつもりなんだろうけど、率直に言ってタチが悪い。

25年以上前、母親の周りのアムウェイやってた人たちと同じ印象さえある。母親は一瞬付き合ったあとすぐに止めたと記憶しているけれど、まあ誰一人儲かって無くてみんな洗剤やら何やらを抱えてた。それから20年後くらいに従兄夫婦も嵌まって親戚から白い目で見られてたけど、やっぱり儲かってない。その20年間で儲かってたのはアムウェイだけだ。末端がやってた「啓蒙活動」は全部嘘だったんだぜ。

それこそ「カビが生えた」ような根拠の無い主張を嬉しそうに回覧する行為は、そういうネズミ講と同じ。パンのカビより、自分の脳みそがカビてないか心配した方が良いんじゃない?

「パンのカビ」について言及しているのは、きっかけが「ヤマザキパンはなぜカビないか」であったから。もちろん「臭素酸カリウムを使っているのでカビないのです!人間に優しいなんちゃら」というシェア元の人のコメント付き。「工場を肯定する人が色んなこと言うけどこの実験だけは動かない」的な、典型的な思考停止画像も添えられていて、バカって罪かもなあ。しかもそういうのを、ファンがたくさん付いているアーティスト連中が嬉しそうに身内で回すんですよ。界隈全体で脳みそカビてるんですかねえ……

初見で嘘だと見抜けなくても仕方ないけど、臭素酸カリウムとは何かくらい調べれば良いのにね。Google開いて3秒で、カビとは無関係だって解るんですけどね。詳しくは生協の解説を読んで下さい。消費者目線で公平に書かれていて解りやすいと思います。

臭素酸カリウムについてのQ&A | 日本生活協同組合連合会


そして君は何度でも騙される。

先に書いたとおり、Facebookで繋がっているその友達は、素直で純粋でとても良い奴です。アーティストとしても優れているし、多くの人を幸せに出来る。僕なんかより人類にとってずっと必要な人間じゃないのかとさえ思います。ただ思考パターンというか哲学というか、そういうものの中に含まれる、「既存の価値観をとにかく打ち壊して、自然に近いものを良しとしたい」という衝動が強くある。

それは彼だけでなく彼が属している集団や周りの人たち、尊敬する人たち、そういうある一定の人たちの中に共通して存在しているイデオロギーであり、しばしば、科学的な知識を無視しようとしたり(例えばホメオパシー)、ないしは、宣伝のために未熟な科学的知識を身にまとおうとしたりします(例えばパンカビの実験)。


誤解されがちですが、僕はそういう価値観の存在を否定しません。より宗教的な意識として「自然に近いものを良しとしたい」という価値観があっていい。でもその維持のためには、まずその価値観があることを、あるがままに受け入れることが大事で、その正しさを既存の枠組みで証明していくような、そういう取り組みは必要が無いと思うのです。「神が存在すること」を科学的に証明しようとしなくても、信者にとっては神はそこに存在する。それでいいはずなんですよね。

それなのになんで、すぐに解る嘘を広めて騙そうとするのか?特に、弱者、例えばどうしたって不安定になりがちな「出産を控えた妊婦」のような人の不安を煽り、次になだめ、自説を擦り込むようなそういう行動に僕は強い怒りを感じます。そして自分では正しいことを広めているつもりになっている、その実はなにも考えてないし雰囲気に流されて「これが人間にとって良いに決まってるよね」としか考えていない、不安を媒介する人たちにも怒りを感じます。

媒介する人たちは、自分が騙されているとは思っていないし、自分が騙しているとも思っていない。反省もしないから、何かが誰かに否定されても、ものが変わればまた騙される。「臭素酸カリウム」が否定されてもそれがまた別の物質になればまた信じる。「ヤマザキパン」が否定されてもそれがまた別の会社になればまた信じる。何度でも信じるし、騙される。「自然に近いものを良しとしたい」という価値観は、そんなに人を騙し、自らの良さを喧伝し続けないと維持できないものなんですか?本人たちはとても誇らしげだけど、僕はそういうスタイルをとても醜悪に感じる。


率直に言って、クソだせえ。
  • About

    I'm a web designer/programmer in Kyoto, Japan. Also work as a blogger, DJ.

    NOBODY:PLACE is my personal blog since 1998. Everything I'm interested in is here.

    See Also
    Other Works
    Feed
  • Recent Hatena Bookmark
  • Monthly Archives
    Categories