「真偽不明」のものは「真偽不明」以上でも以下でもない

ネット上の書き込み「白血病患者急増 医学界で高まる不安」について|日本医師会から国民の皆様へのお知らせ|お知らせ|国民のみなさまへ|社団法人日本医師会

日本医師会が、このような発表を行った事実はありません。

 本文中には、「各都道府県の国公立医師会病院」との表現がありますが、そもそも医師会病院は、国公立ではありませんし、統計の数値につきましても、現段階でそのようなデータについて確認できず、信憑性を疑わざるを得ないものであります。


ある若者の死が“原発事故の犠牲者”としてネットで広がり、否定されるまで – ITmedia ニュース

ある男性の死が「原発事故の犠牲者」などと根拠もなくネットで取り上げられ、Twitterなどを通じて広がる事件があった。後に関係者がネットに出回った“情報”を具体的に否定したが、ニュースソースが明らかではない「2ちゃんねる」(2ch)のスレッドを元に「2chまとめサイト」がレスを編集して記事にし、これがTwitterで広がるというパターンをたどっていた。


どちらも結果としてデマでしたが、関係者からの発表が出るまでは真偽不明だったわけです。真実であるか嘘であるかは不明の状態です。真偽がはっきりしないという状態はとっても不安定な状態なので、それをはっきりさせたいと思うのは人間の生理だとは思うのですけれど、受け入れ方は「真か偽か」だけではないと僕は思うんです。そうではなく、「真偽不明である」その状態を受け入れられるように努力していくべきだと。


個人的にはそういう「真偽不明を受け入れる」という心の持ちようを「一時保管フォルダを持つ」と呼んでいます。

脳内に「一時保管フォルダ」を持とう(追記あり) | mutter

真偽不明な話題が出たとき、真実だと思うよ派と嘘だと思うよ派に分かれて戦い、最終的に真偽が判明して正解だった方がガッツポーズしてドヤ顔みたいなのが最近よく見る光景なんですけど、正直言って○×ゲームですよね。そういう話題、特にこの話題(放射線問題)に参加してる人にはそんなゲームしてるつもりは毛頭無く、真面目に考えてるんでしょうけど、でもなんというか決定打もないのに思いこみで断定することには何の意味もないんですよね。


正直な話、こんなの真実でも嘘でも大して影響なんかないんですよ。気にしてる人はみんなもうとっくに放射線対策してるでしょう?産地気にする人はしてるし、気にしない人はしてない。字面だけ読んで真偽が解らなくても誰も困らないですよね。みんなが不安を抱えている時代なのですから、より明確に「一時保管フォルダ」を意識して欲しい。煽りあいが一番良くない。真偽の決定はそういうゲームを生業にしている人たちに任せて、僕らはやるべきことを粛々とやるしかないんじゃないかなぁ。