久々に、眠りたくない…いや眠りたくないわけじゃないんだけど、
眠れる気がしない、眠気が降りてこない。疲れてはいるんだけど。
こうして、部屋の明かりを消して、暗闇の中で煙草を吸っていると、
なぜだか、前の彼女のことを思い出してた。
具体的に何かを思いだしてたわけじゃないけど、
何となく、こういう状況がよくあったような気がして、
彼女が、ベッドで寝てて、僕だけ起きて、何かしていて。
寝ぼけて声掛けられて、『いるよ』と返したり。
なんだか、お父さんと娘、のような。
正直に言えば、今ここにそういうことを書けていることに、少々驚いている。
自分が感傷で一杯一杯の時には、彼女の想い出、みたいな文章もたくさん書いたけど、
結局、なんだろう、ただの泣き言、の域を出ていなかった。
なんでこうなっちゃったんだろう?
なんで隣にいないんだろう?みたいな。
しかしもう、過去の話だし、
この文章を公開したところで、誰も、不快にはならないと思う、
『まだ、忘れられないのね、』
なんて深読みされると困るけど、
昔いた恋人が今はいない、という状況を、受け入れてしまっていて、
好きとか嫌いとかではないのだ、悲しくはないし、恐らく、
本当に寂しくも、ない。
こういうことを思い出してると、
背にしているベッドに誰かいるような気がして振り向いてしまうけど、
そこは、さっきまで寝ようとしていた自分の跡が残っているだけだし、
この部屋には、彼女の香りはない。
そのことに対して、なぜだか、微笑んでる自分がいる。
好きだった女の子が転校して、僕の初恋が終わった日、
最後の挨拶にみんなに配っていた消しゴムを受け取った僕は
気の利いたこと一つも言えず、その消しゴムもどこにいったのやらわからず、
数日後、黒板に貼り出された連絡先も、恥ずかしくて見ることもメモることも出来ず。
数年前、同窓会でその子のことが好きだったんだよ、と言って
連絡を取ってくれた友達のおかげで、何度かメールはしたけど、
埼玉に住んでることがわかっただけで、それきり。
そんなもんだよな…今でも、普通に、可愛いと思うけど。結婚しててもね。太ってても。
海へ、行ってきたせいかもしれない。
京都に来て、もう9年、海の見える場所へ住みたい、その想いは変わることがない。
僕にとって海は、大きな水たまり、なだけではなくて、
ある意味で、自分の想いを溶かした、自分の一部のようなもの、
海が怖かった3歳の僕も、釣りに明け暮れた少年の頃も、寒かった夏の北海道も、
高校時代の打ち上げも、多くの友達との旅も、
結局は、そこに、溶けて、在るような、そんな気分になる。
25日の朝、一人で宿を抜け出して、海辺を散歩していた。
浜辺には、朝からサーフィンの練習をする少年3人と、カップルと、犬と、一組の家族連れとがいた。
防波堤を上がったところから、僕はそれを眺めている。
それらの風景、それぞれが、僕の中には、あった。
海に溶け込んで、僕はそれを、感じている。
彼女からは、もうほとんど連絡はないけど、
きっと、彼女なりに、元気に過ごしていることだと思う。
僕と彼女とは、もう、海を通してしか繋がっていないし、
その彼女は、もう彼女ではない。
昼、海水浴場で食べたところてんは、本当に美味しかった。
毎年食べていた、下田の向こうの、
小さな茶屋のところてんに、似ていた。