Re-action

書きにくいことではあるが
カウントダウンの日、
僕の“事情”を知った友人たちの反応は
すべからく、不快なものだった。
人にどんな祝福の言葉をかけられても
僕は、決して、嬉しくなんかない。

友人および、パートナー含めた、
全体の光景、空気、リアクション、
言葉、表情、すべてが僕には
尖って不自然に感じられ、痛くて、不快で
土足で踏み込まれているようにも見え、
そんなことはないと知りつつも、
嘘臭く見え、我慢できなくて、
話せる友達を無理矢理誘って
etw に逃げた。

きちんと、僕からの事情も知っている友人となら
僕は、無理しなくていい、
何を言われても、不快にならない、
罵られたって、苦笑いし、反省できる。
でもそれ以外の言葉は…
『誤解されたくない』という
僕の数少ない神経質な部分を
これ以上ないほど刺激する。
(基本的には神経質などではないが)

当日、etw 以外で話した誰とも、
僕は今会いたくない。

同じコミュニティに属しているように見えて、
僕の思う友達は、彼女の思う友達とはかぶらない。
僕が直接伝えた人以外は、
本当の意味では友達などではない。
反省すべき思いではあるが…
僕の中では事実である。

僕は、僕のプライベートな話を、
限られた友人以外に知られたくはない。

なんと感じの悪い人間だろう。
でも、それは変わらない。
それが分からない人とは友人としてはつきあえない。