死んでみようかな?
と、考えてみる。
本当に死ぬつもりならこんな事書かないのでご心配なく。
そして決して、命を軽んじるつもりもない。
軽んじるつもりはないが、僕の命は僕のものだし、
どうしようと僕の勝手、でもある。
死ぬのは、覚悟はいるけど、すごく簡単。
このマンションの屋上へ上がって
飛び降りれば死ねるでしょう。多分。
でもなぁ、ただ、死ぬんじゃ、退屈だ。
やっぱり、遺書かな?遺書だろうな?
周りへの驚きを少し柔らげられそうだもんな。
それにまぁ、死ぬ直前に僕が何を考えてたかくらいは
知ってもらいたいしな。
別に悲愴になることはないんだよなぁ?
たしかに、家族や友人に、
二度と会えなくなっちゃうのかもしれないけど
悲しいのは死ぬ人じゃなくて周りの方かも。
人に迷惑掛けるようなのはやめとこう。
ここの大家にはお世話になってるし、
ここから飛び降りるのはちょっと。
遺書で誰かに、当てつけるのもなぁ、ちょっと。
まぁもし僕がいま死ぬとしたら、
それなりに現実味のある話で僕は楽しいんだけど
やっぱり、生きるのが面倒になったから、
なのかもなぁ。理解されないよなぁ。くやしいなぁ。
まぁ別にいますぐ死ぬ理由もないんだったら
いずれ死ぬんだから、生きてればいいし。
生きるとか、死ぬとか、その違い、みたいなのが
よくわからないんだけど、誰か教えてくれるかなぁ?
僕がなんで生きてるかって言うと、
別に誰かに頼まれてるから、というわけじゃなくて、
取り敢えず、生きておきたいと思ってるからだろうね、
生まれてきたときにそう望んでたかはともかく。
幸せを実感する瞬間てのはいっぱいあって、
まだまだそれを享受したいでしょ?
って言われてもなぁ…俺、別にどうでもいいのよ、そんなの。
幸せ?そのときは思うけど、いまはよくわかんない。
僕は、世界で僕独りになっても自殺しないような気がするな。
そのかわり、友人に囲まれてても死にたいと思うかも。
なんでだろう?ゲーム世代の非常識?
人生のリセット?
僕だったら、案外、
『死んだらどうなるのか、ちょっと、行って見てきます』
とでも言っておけば、みんな、『お前らしいな。』
って納得してくれるかも。
うーん…実際の話、死んでみたくはあるんだけどな…
好奇心で死んじゃダメだろ。
『死』の話題は人によっては深い傷を持つ場合もあり、
こんなことここに書いてていいのかな、と思う
もし、傷付けたら陳謝します、ごめんなさい。
だけどなぁ、もしかしたら俺、
死にたいのかもしれないんだよなぁ…うーん…。
何をやったら納得して、『死んでいいよ』、
って自分に言ってもらえるんだろう?
D E A T H .