いつから彼女を好きだったのかは、もう憶えていない。
そのころ熱心に付けていた日記には何か書いているだろうか?
いや、たぶんなにも書かれていないだろう。
あれは、彼女が好きになり始めてから、『熱心に』書き始めたのだから。
僕は彼女に突然出会ったわけではなかった。
出会って1年以上もの間、本当にごく近くにいたのに、ほとんど何も話したことがなかった。
そして、ある日、それはたぶん、ある5月のよく晴れた日、
いつも通り、教室の一番後ろの席からぼんやりとクラスメイトを眺めていて、
彼女がいることに気づいた、のだ。
以前に冗談めかしてその話をしたら、ずっと前からいたよぉ、と、冗談めかして返されて、
二の句が継げなかった。いや、確かにそうなんだけど、僕には、そうじゃなかったからだ。
そんな僕の恋の始まりは、結局のところ、いままでと同じことだった。
よくよく考えてみれば、僕には一目惚れというヤツがない。
照れ隠し、というわけではないけど、比較的長い間なんとも思わなかったのに、
ある日突然、あ、こんな女の子いたんだ…パチリ、とスイッチが切り替わるように
想う、
自分でもよくわからない、わからないから、ただ、そうなんだ…と思う、
初めから仲がいい女の子はそのまま仲がいいままという方が多い、
でも、その恋は上手くはいかなかった。
そのとき、彼女には彼氏がいたし、その彼氏に遠慮してる間に、僕の友達に取られてしまった。
『取られてしまった』…嫌な表現だけど、でも、正直な感想だ
ただ、その友達が好きだったから、しょうがないか、と思っただけだ
そう、上手くいかなかったのだ、
ある、5分間を除いては…
**
本屋を出て、交差点をわたり、2ブロック歩いた先に、
紅い看板が下がっているビルがある、
そこは僕のお気に入りの場所で、
待ち合わせのビルに週2日行くのだって、このバーによるついで、みたいなものだ
とはいっても、店員と何かを話したことはない。
顔さえ定かではない
だいたい僕はタヒチ・ビールを注文して、それを飲みながらタバコをふかし、
目の前の窓から見える前の通りをぼんやり眺めて、
きょうあったことや、昨日あったことや、明日あるかもしれないことや、
ずっと、前にあったことを思い返しているだけだから、
そこに来ている誰かと、共通の話題を持つことは極めて少ない、
注文以外で言葉を発したことさえないかもしれない、
だから僕は、顔なじみだけど、常連客じゃなかった
でも、そのバーはそんな客が多かった