その店に着くまでの何分か、何を話したのかよく憶えていない。きっと、舞い上がってしまっていたのだろう。本屋を出て歩き始めた地点から曲がり角までの、石畳の数が16個とか、すれ違った人が6人とか、不思議とそんなことは憶えているのに、何を話していたか、まったく思い出せない。でもまぁ、恐らく、遅れた理由を言って謝って『待ちました?』みたいなたわいもない会話をしていたんだろう。
それ以外に、話すことが、ない。
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なぜ話すことがないんだろう。確かに僕は元来、口数の多い男ではなかった、それは別に女の子相手に限らず、大事なことやとるに足らないことやそういったことも、あまり口にしなかった……?いや、違うかもしれない。中学の頃、そうなったんだ。よくよく考えれば、小学校の頃はよく話していたし、しゃっべっていたけど、だけど、小学校の終わり頃、ずっと親友だった友達の1人と(今にしてみれば)くだらない理由で喧嘩して、激怒した僕はそれ以来口をきいていない。そして中学生になって、周りの友達のほとんどは小学校の時と同じだったけど、変わり者だった僕は、あんまり特別仲良くなる、という友達はいなかったように思う、そのときから、自分の中で、『僕は無口』なんていうレッテルを自分に貼っていた。
それが少し変わってきたのは、大学受験に失敗し、名古屋で1年浪人した頃だったんじゃないだろうか?僕にとって始めての独り暮らし。寮住まい。何人か高校の時の友達が一緒で、仲良かった奴もいたんだけど、なにぶん予備校では友達はいない。もともと変わった奴だから、どうも、同じクラスの女の子の間で噂になってたこともあったみたいだけど、それは後で友人に聞いた話だし、なにより日中誰とも話さない日なんてほとんど毎日だった。そんなだから、女の子の友達なんていないし、かといって勉強する気も起きなくて、毎日本屋に行ったり、競馬場に行ったり、もちろん自分が受けたい授業は受けてたけど、気ままに過ごしてた。ただ、そういう解放された心境のせいなのか?そこで出会った友達とはすごく仲良くなって、いつもその10人くらいの中の何人かで遊んでた。溶けたのかもしれない。