PCを組み立てるお仕事。

今年の初めにPCを組み立てたときは、 純粋に自分の興味および趣味で、自宅PCだったのだけど、 今思うとアレを経験しておいて良かった… レポートを書こう、書こうと思って、 回数とサブタイトル決めたまま下書きに入っちゃってるんだけど、 自分で作ってみて初めて、マザーボードの特徴だとか、BIOSの設定、 そういうところに気が回るようになったなぁ、と。 で、何で今思うかというと、職場のPCが壊れて、 機材が補充されるんかなと思ってたら、 技術担当から連絡があって、 『明日、パーツ買ってきて組み立ててください』 …マジかよ!(苦笑) 1日も空けられないくらい、プロジェクトが差し迫ってたので、 確かにそれが一番早いわけだが。 会社の金で購入し、仕事用のPCを作るってことは失敗できない、 そして、リーズナブルかつ、自分が困らないようなスペックを… 悩みました。 で、意外な安さに惹かれて(と、最終的には興味に負けて)、 AMDの最新のCPU、ソケットAM2に手を出してしまいました。 上で書いた(そして当初考えていた)、 『失敗できない』という前提はどこに行ったんだという…(汗)

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Listing.

毎日出社して始めにすることは、 その日に何をするかをリストアップすること。 長いスパンでしている作業がある場合、 毎日同じことをリストに書くわけで、 一見無駄でもあるけれども、 このことは、思いの外、大事。 単なる備忘録だけではなくて、 自分にメモる機会を与えるという点でも、重要。 僕の場合は、専用のノートに、 まず、毎日のルーチンワークを書く。 例えばログの見回りとか。 で、次に、短いスパンでの優先案件を書く。 これは、万が一忘れると余りよろしくない自体になることが多いので、 前日、前々日のリストをチェックしつつ、 変更点なども踏まえてメモ。 その次が、比較的長いスパンでの優先案件。 これは、その時点での最優先事項が含まれることが多いけれども、 基本的には大きな動きはないので、 ほぼ備忘録に近い。 常に頭の片隅に入れておけと。 最後に、時間が余ったらやる、というような細かい作業、 自分の興味に基づいていて、ビジネス的に即効性はないものの、 多分導入すると誰かが便利になるというようなもの。 内部の管理用プログラムとか、アクセス解析プログラムとか、基礎調査とか。 これで大体、少ないときで10個弱、多いときで20個以上のリストが出来る。 で、それぞれの作業の細かい留意点や、 単純な計算やデザイン案や打ち合わせのメモなどは、 見開きの右側のページに書き込まれていく。 何かを調べる必要性が出てきたときには、 基本はメールソフトの送受信メールとメモを検索、 おおよその日付が分かったら、ノートを見返して、記憶を探るといった具合。 よく間違われるのは、作業が多いから整理している…ということ。 もちろんそういう側面もあるけれども、 そう言う意味で見返すことはあんまり無い。 むしろ、書くことの方が大事で、一人ブレストに近い。 大量のアイディア(それも、フラッシュ・アイディア)が、 ホントにちょっとした注釈付きで並べられてる日もあるし、 ペンを動かす手の動きを含めて、なかなかデジタルには置き換えられない。 大事な習慣。 おかげで、ノート代とボールペン代がかさんで仕方ないけど(苦笑) (両方ともこだわりがあるので、私物を持ち込んでる)

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ややこしい問題。

ほぼ日刊イトイ新聞 – ややこしい問題。 より。

問題6 残るか辞めるか‥‥
人と一緒は嫌だ、とは言え、 常に少数派になりたいということと同義ではない。 そうではなくて、自分で判断したい、ということなのだけど、 こういう問題は本当に難しいと思う。 自分一人の未来だけでも見通せないのに、 会社が今後どうなっていくか、何て事までは、正直わかるはずもない。 きっと、責任のある人にさえ、わからないんじゃないだろうか。 とにかく、覚悟は決めておく方が良さそうである。

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悪いとわかっていながらしてしまうこと。

よくよく考えれば、 いや、普通に考えて、良くないことだと薄々、もしくはばっちり思っていることを なんとなく、なあなあな気分のままダラダラ続けてしまって、 あとで後悔することがある。 日々、これは微妙だと分かりつつも、続けてしまった結果というか。 そういうわけで、ただいま自分への怒りと後悔で一杯なわけです。 何をしでかしたかっつーと、 今月支給されたタイムカードが、機械を通らなかったんで、 つい、手書きで時間を記入してたんですね。 上の階の別の機械まで行くのが面倒で。 これこそ、よく考え無くったって間違ってるのは分かる、自明の理というヤツで、 自分でもこれじゃタイムカードの意味ないし、 怒られるな、というのはわかってたんだけど、 上の階のスタッフはいつも来るのギリギリだし、待つのも面倒。 なので、だらだらと…。 最低限のルールだよなぁ… ある意味、今月の給料が支給されなくったって文句は言えない。 ふざけたタイムカード使ってるせいだとはいえ、 取り敢えずは、正常にする策はあったわけだからねぇ… 悪いと薄々感じながらも回避できないってのは、 一体全体なんなんだろうね? 諦めなのか、ただの怠惰なのか? このまま何も言われずに過ぎればいいな、と思いつつ、 一方では、そんなわきゃ無い、少なくとも給料計算時にチェック&怒られるな、 というのを確信しつつ。 変えることも出来たはずなのに、ダラダラと流されて。 反省しなさい。

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在宅勤務の可能性

69tracksもなくなるし、友達も東京や海外へ行ってしまったし、 今の勤務状況を維持することに、今現在はあんまり執着を感じない。 うーん、半年前は、この倍くらいは執着があったんだけどね。 今は、別に東京に行ってみても良いかなぁ、なんて思ってる。 もちろん、京都にはもう帰らないという前提で。 少し、色んなことに飽き気味で環境を変えたい、というのもあるしな。 京都を離れるかどうかはともかくとして、 転職するかどうかも別に決めていないけど、 在宅勤務って出来ないのかなーと、考えたことがあるし、今でも少し思う。 ただ…先日、トラブルで自宅に一度帰宅して作業したのだけど、 色んな意味でプレッシャーというか、ストレスというか、 そんなものも感じて、自分にとっては、ベストというわけでもないな、と思った。 そういうわけで、在宅勤務に関しては、 そこまで求めようという気もなくなったんだけど、 今朝のITMediaのニュースでこんなのがあった。

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今日で夏休みも終わり。

と、職場で話をしたら、スタッフに、『は?』という顔をされた。 まぁ、そりゃ当然か。 でもなんか、未だに、夏休み期間(7月下旬~8月)てのは、 社会全体に、ま、夏休みだから少々気が抜けててもおk的な空気があるような。 日本で育った人なら、大抵の人は8/31=夏休みの終わりですもんね… (北海道とか、東北とかはお盆過ぎたら学校始まるけど) 僕ら、社会人は、夏休みとか関係なく働いてるけど、 いろんなイベントがあるせいなのか、街の雰囲気なのか、 やっぱり、どんなに忙しくても、普段とは違うような気がします。 そういう意味で、あー、夏『休み』も終わりだね、と思った次第。 生活自体は、別に変わらないけどさ。

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仕事のポリシー。

あくまで暫定的ではあるけれども(修羅場になったらそれどころではないし)、 一応、自分なりに、2つの『ルール』を作って仕事をしている。 守らなくても大して変わりはしないが、 それに従う方がベターだ、と感じるようになったからだ。 ひとつは、仕事に対し、安易に『出来ない』と即答しない。 企画やデザインていうのは、大体、やってみないとどうなるかわからない。 見た目が簡単そうで、実は気を遣うことが多くて複雑、 そういう作業もある一方で、意外にすんなり片付いてしまうものもある。 完璧ではなくても、とりあえずすんなり片付ける方法があるものもある。 だから、何かを持ち込まれたとき、 忙しさに苛ついて『出来ません』と言ってしまわないように、 (なるべく)気をつけている。 と、同時に、『出来ます』と即答することも避けるようにしている。 全てのことに対して、『なんでもOK!』と言えれば格好は良いけれども、 一つの作業を入れれば、他が圧迫されるのは当然で、 そしてそれがタチの悪いものだったら、大変なことになる。 それならば、少し時間を割いて、掛かる時間や労力を見極め、 それがプライオリティと比べて割が合うかどうかを見て、返答する方が効率的だ。 まぁそれでも、ノリで引き受けて苦労することもたくさんあるけれども。 もうひとつは、まぁ現実的ではないかもしれないが、 残業をしない、ということ。 問題がなければ、定時から1時間以内には帰る。 というのも、ことさらにこれを主張するのは、ひとえに僕の作業内容の特徴によると思う。 僕の仕事は、多くの場合、小さな作業の集合、になっている。 ひとつひとつは毎回違うので、毎日のルーチン的な作業はない。 また、一日中、一つのプロジェクトに掛かりっきりというのもまず無い。 ベースに、中期的には完成すべきという大きめのプロジェクトがあり、 その上に、日々更新すべき様々な作業が乗っている、という感じ。 僕は、その中で、頭を切り換えつつ、色んな作業をしているんだが、 そのスイッチングの回数にも限度というものがあって、 疲れてくると、なかなか上手く切り替えられなくなる。 元気であれば、二つ以上のことを同時進行というのも可能なのだけど、 疲れてくると、一つのことしか出来ず、且つ能率も落ちる。 残業すれば、明日に回すはずだった仕事を片付けられて、 多少は楽になるけれども、その分、明日のスタート時点でのエネルギーが減る。 結局…あんまり変わらないんだよね、全体としては。 残業をしまくって、必死になって作業を片付けてた時期もあったけれども、 疲れて画一的になってしまったり、後でやり直しが必要だったり、 なんかそう言うことにぶち当たって、 あー、僕の場合は、残業は合わないな、と実感した。 将来的にもずっと守り続けるかどうかは分からないが、 まぁ、とりあえずこのところは、こんな感じで動いてる。 そう、悪くない。

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僕の不得手はどこから来るのだろう?

自分ではちっともデザイナーだとは思わない。(*1) その思いはどの辺から来るのだろうか、と考えると、 結局、僕のデザインというのは、WEB的制約から脱出できていない、 そう思う場面が、特に他人のデザインを見ると、多々あるからだ。 その一例として、今日、パラパラと専門雑誌を眺めていて感じたのは、 僕のデザインは、リアル素材との関係性が希薄なんだ、ということ。 画像にせよ、線引きにせよ、これはこれ、あれはあれ、みたいな、 『わかりやすさ』が先行しすぎているような。 実際のデザインってヤツは、テキストもデザインの一部なわけだ。 でも、WEBってのはそうではなく、それも特に更新頻度が高いコラム系のページでは、 テキストに対するデザインの希薄化が顕著だ。 画像と枠で作ったテンプレートの中にテキストを“流し込む”、 (僕はこの単語があんまり好きではない、愛情を全く感じない単語だからだ) テキストを置いて、画像を挿入する、 WEBデザインてのは基本的にはそういう特徴を持っている。 だからといって、多くのデザイナーの仕事がそうかというと、 そうではない、そういう凝り固まった常識に対して、 如何に上手く常識を残しつつ(常識をすべて覆すのはプロの仕事ではない*2) その常識の無い価値観を作り出すか、というところが大事なんだが、 どうもあんまり最近そういう大胆なことをやっていない。 画像からの視点で言えば、どうも素材を、挿絵程度にしか扱えていない。 たぶん、ブログの影響だと思う。 ブログにおいて画像ってのは、まさしく挿絵でしかない。 そこにおける造形がデザインを形作ることはないし、 もし形作ったとしても、そのエントリ限りのことだ。 そうした作業を毎日繰り返していれば、 画像が、枠に収まった挿絵だとしか思えなくなっても不思議ではない。 また、画像を、四角いモノ、と考えることもやはり同じくWEB病だろう。 確かに、プログラム的なルールで言えば、画像は四角いものだし、 領域はすべて、縦線または横線で区切られる。 でも、それに忠実に従っていくと、意図しない空白を多く生み出してしまうことになる。 デザインなんてあったもんじゃない。 まぁそんなわけで、(今の)自分には出来ないなぁ、と思うデザインに、 最近よく出くわすわけですよ。 どうしても、自由に線を引っ張るようなデザインが出来ない。 どっちかって言うと、ありがちなテンプレートっぽいデザインばかりで… 正確に言えば、多分、『不得手』ではないんだろうけれども、 なかなか、チャレンジしてみる機会もなくて。うーむ。 既にblogと化したNOBODY:PLACEをリニューアルするのは骨が折れるけど、 何か、デザインすることを目的としたサイトでも作ってみようかな。 ああ、よくよく考えれば、SWITCH-OVER.INFOなんて、 そういう意図で作ったようなものか。 少し作ってみようかな。

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