「天然」を有り難がるのはなんでなんだぜ?

ブリ大根 #dinner


世の中を見渡すと「天然」という言葉が非常にたくさん使用されていることに気付きます。「天然素材配合」「天然だから安全」「天然ものだから美味しい」などなど。気持ちとして天然物に良い印象を抱く気持ちがわからないわけではないのですが、そのことと、安全だとか美味しいだとかということとは特に関係が無いよね、と思います。



幻想としての「化学物質」

「化学物質過敏症」という症状の存在を主張する人達がいます。

人工的に生成された化学物質に対してアレルギー反応のような反応を起こす症状をさして「化学物質過敏症」と呼称しているようなのですが、少しでも「理科」をならったことがあればそのことに違和感を感じるはずです。なぜか。我々が生きているこの世界は、それが人間社会であれ自然環境であれ、化学物質によって形成されているからです。天然か人工かというのはその物質とは関係の無い付属的な情報であって、その物質が人間に対しどう働きどんな影響をもたらすかはその物質ごとに決まっています。人工的に生成したから有害なのではなく、有害な物質だから有害なのです。天然由来の(例えば特定の植物が生成した)物質であっても有害なものは有害です。



「天然だから安全」の嘘

そうして考えれば「天然だから安全」という表現がいかに商業的かわかるでしょう。

天然だから安全なのではなくて、配合している素材の安全性を確認しているから安全なのですよ。天然だろうが人工だろうが、同じ環境の元で同じ実験を行って初めて安全性が確認されるわけです。安全というのはそういう地道な作業の積み重ねによって担保されるものであって、天然かどうかで決定されるものではありません。だから「当社が独自に発見した○○抽出成分なんとか」なんて安全でも何でもありません。作っている方はそのことをよく解っているはずなんです。
(解らずに作っているなら、それはただの阿呆です)

「天然だから安全」という表現は嘘、少なくとも購入者に対して誠実ではありません。その言い回しだけでものを選択している人は、騙されている、ないしは騙されやすい人だと言えると思います。安全というのはそういうことではないでしょう。長く人類が食べてきた食品に発がん性が見つかるなんて珍しいことでもないのに、どんな裏付けがあって「天然」を信用するのですか?安全性の確認を「天然」という単語に依存し、実際には確認を怠っているという意味で、内容物を検討せずに購入している人と何ら変わりません。いや、そんな自分を「健康に気を遣う人間」だと錯覚している点で余計にたちが悪い。



海産物の「養殖」と「天然」

同様のことは海産物の「養殖」と「天然」についても言えます。
よく言われるのは「天然」の方が鮮度が良く安全で美味しいということですが、本当にそうですか?

「養殖」と「天然」の違いは何かというと、生育環境を人間がコントロールしているか否かです。生け簀の場所、大きさ、餌の配合などを適切にしてやることで人間にとって「都合の良い」海産物を育てることが「養殖」です。「天然」はそれらをすべて自然にお任せすることです。

さて、どちらが安全でどちらが美味しいのでしょうか。


答えは「ものによる」。


その答えが納得できない人は、野菜や肉がどう生育し流通し売り場まで運ばれているのかを考えて下さい。「養殖」以外の野菜や肉を食べている人がどれくらいいるでしょうか。有機野菜や無農薬野菜がもてはやされていますが、それとて人間が選抜した品種を、人間が用意した環境で、人間が配合した肥料を使用して育てていることに違いはありません。安全とか味とかを語るとき、「天然」か「養殖」かというのは本質的な話ではないのですよ。大事なのはそんなことじゃない。それがどう育っているかです。



海産物の養殖の「ピン」と「キリ」

海産物の養殖について調べてみれば少しは解ると思います。
養殖と言えばブリとか牡蠣とかですかね。

ものごとはすべてピンキリ、確かに「キリ」の方の実体は酷いものでしょう。赤潮の発生源になるような場所に狭い生け簀を並べて、病気に対しては抗生物質を餌に混ぜて大量投与、ヘドロの中から引き揚げた身の締まっていない魚を出荷する…確かにそんな話もありました。そういう会社もいるでしょう。でもそういう「養殖」は昭和の話です。「ピン」の方、意識の高い養殖業者の方が目指しているのはそういうことじゃありません。

  • 広めの生け簀で身の締まった魚を育てる
  • 健康状態に配慮し投薬の必要ない環境で育てる(潮の流れの速い場所に生け簀を設置するなど)
  • 成長後から逆算した適切な給餌
  • 活け〆による鮮度の確保

などなど、いわば有機農法・減農薬農法に近い管理された方法で安全で美味しい魚を養殖されている方がたくさんいます。単純に「天然より美味しい」と言うことにはなりませんが、養殖ものは養殖ものとして美味しい、そういうものを作っています。こういう進歩があることが管理する漁業、つまり「養殖」のメリットでもあります。



ちなみに「同じ値段で同じ魚の天然もの、養殖ものが並んでいたらどちらを買いますか?」と聞かれたら

僕なら天然ものを買います。

理由は天然にはロマンを感じるから…だけではなくて、養殖もののトレーサビリティがまだ十分でなく(トレーサビリティが十分なものはブランド化していて値が張る)、その養殖がピンなのかキリなのか区別が付かないことと(といっても産地で大体わかりますけどね)、経験則として旬にあった天然ものを食べるのが一番美味しいからです。

もちろんだからといって養殖ものを避けることはしません。そこにネガティブな印象はなく、選択肢としてそれが残れば養殖ぶりを購入することもあります。なぜって、十分に美味しいからです。養殖が特に問題ないことが解って、それ以外に何があるって言うんです?



「よく分からんけどイメージ悪いから避ける」というのは、何も考えていないのと同じなのですが、そういう人に限って「体に良いものを選んでいる」と思っているから不思議ですね。なんでなんだぜ。