【読書感想文】森井博子 / 労基署がやってきた!



働き方改革関連法の成立で今後もお世話になる機会が増えそうな労働基準監督署。なんですが、その実体ってなんなのか良く知らなくないですか。殆どの人にとっては組織がどういう構造になっているかもわからないし、労働基準監督署の上位組織にあたる労働局がどこにあるかも知らないし(京都労働局は烏丸御池にあります)、そこで実際にどんな人が働いているかも知らないと思います。僕もこの本を読むまでは労働基準監督官(職場に立ち入ったりして労働基準法が守られているかを確認、指導を行うほか、業務一般をこなす人をそう呼びます)がどんな仕事をしているか知らなかったし、ぼんやり「区役所の職員の人みたいな感じかな」「それともマルサみたいなもんかな」と思ってたんですけど、なんか全然違った。




まず、労働基準監督官には監督指導する権限だけでなく、取り調べ・逮捕などを行う権限があります。何らかの情報提供を元に違法性が疑われる事業所に立ち入り、捜査を行い、違法性が認められた場合には逮捕・送検を行います。そう聞くと警察官みたいですが、実際これらの権限を持つ職員を「特別司法警察職員」と言います。単に監視して声を掛けるだけではなく、是正させるための強い権限があるわけです。

また労働基準監督署は報告を受けて動くだけでなく、積極的に調査を行って是正されるまで継続的に指導を行っていきます。報告があった案件に対して注意して処理済みに入れるようなお役所じゃないってことです。もちろん官公庁ですから、法律やその運用によっては杓子定規な判断を下すときもあるとは思いますが、労働者のために日々一生懸命頑張ってくれていると。ありがたい。

そういえば最近話題になってたこの記事でも労働基準監督署がすごく動いてくれてました。すごいなあ。

15年間務めた会社に退社を切り出したら史上稀にみるクソ展開になった(前編) – 放浪軍師のアプリ開発局



しかしここで疑問が浮かびます。身の回りで労働基準監督署に踏み込まれたとか、書類送検されたとか、裁判で罰金を科せられたとか、そういう話を全く聞かないのはなんでなんでしょうね?都市伝説じゃないのかって言うぐらい存在感を感じませんが、それもそのはず、労働基準監督官は常に足りないんです。予算的な都合もあるんだと思いますが、多くの企業に様々な問題があることは認知していつつ、現実的には悪質で実害が出ている案件を優先せざるを得ないそうです。サラリーマンはつい会社のブラックは振る舞いのことばかり考えてしまいますが、労働に関する問題はもっと色々あるんですよね。本書内で複数回言及があったことから考えると、建設現場など労災案件が起きやすいところには直ちに是正しないと被害者が相次いでしまうような案件がたくさんあるということなんでしょう。人の命に軽重は付けられませんが、選ばなければならないとなるとそうなるのかも。

匿名で電話を掛けてもなかなか動いてくれないという話がよくありますが、それはきっと動くべき案件かどうか判断が付かないからと言うのが大きいんだと思います。逆に被害に遭っている本人が労働基準監督署に出向いて相談すれば、話を聞いていただけるという話もあるし、労働基準監督署の人たちも看過する現状で良しとは思ってないんだろうなあ。でも全員は助けられない。人を増やす予算もない。せめて悪質な案件を挙げて周りが自主的に是正してくれれば……

ちなみに京都労働局(労働局は労働基準監督署の上のある組織で都道府県単位で置かれる)の平成30年度の一般会計予算は25億円で、うち人件費が21億円です。京都市の平成30年度予算は7,844億円でうち人件費は1,683億円。だからなんですかっていうぐらい比べようのない数字ですが(そもそも求められていることが違うし)、小さい規模でやってるんだなあという感想ぐらいにはなるかと。

予算執行状況 | 京都労働局

京都市:平成30年度予算について



労働環境って悪いところほどほとんど改善されないし、改善されるタイミングも法律が変わったとか厳しくなるとかそういう情報が広告やニュースで広まって経営者が重い腰を上げてくれてのことで、何も無いのに経営者が自ら進んで改善を始めるなんてまあ無いですよね。問題は起きてこなかったし文句も出てこなかったからこのままでいいじゃねえか、みたいなね。手が回らなくて大変だとは思いますけど、こうした労働基準監督官たちの働きが少しでも労働環境の改善に繋がるといいなと思います。ほんとねえ、びっくりするような案件、いっぱいあるもんねえ。暑い中大変ですけど、がんばってください。



あ……違った、これだと労働基準監督署の紹介になっちゃうわ。


えーと本書は読み手をそんな思いにさせるぐらいわかりやすく「労働基準監督署とはどんなところで、労働基準監督官とは何をしているか?」を説明してくれている良書です。本書を通して知識としての「労働基準監督署とはどんなところか」がわかるとともに、ぼんやりいるんだろうなとしか思っていなかった「労働基準監督官」が血の通った人に思えるようになってとてもよくわかりました。不幸な案件や面倒な出来事に巻き込まれれば自然と実感出来ることなのかも知れませんが、そういったことを経験する前に労働基準監督署について知っておきたい人におすすめできます。