悩む中年男性1


「お前ちゃんと聞いてんのか」的な雰囲気を醸し出しつつ、説明をし確認をし補足をし説明をし……というルーチンを延々してるおっさんを見るとちょっとこう、胸が苦しくなる感じがあります。少し前であれば自分はまだ若者の方であったから、そういうおっさんを見ても鬱陶しいなあとしか思わなかったのだけど、いまやそのおっさんと同じような年代になって、その上で見ると、若者に念を押したい気持ち・不慣れでも能力が足りなくてもやってもらわないと困るという気持ちは十分に解りつつ、でも効果があるのはそれじゃないよなあ、単に鬱陶しがられてたり、時間を奪っているだけだったりしてるんだよなあというのも見えてしまい、わかるけど違うっていうのがちょっともの悲しいというか。

いちいち見てられないからまとめていろいろ指示しておきたいみたいなこともあるとは思うんだけど、現実的な話をすると、まとめて話したところで最初の何分かしか聞いてもらえてないから、だったら何分かを何回かに分ける方がよっぽど効率的だったりするわけで、それでも長い話にこだわる理由は、主に自分のすっきり感のためなんだろうなあと思うわけです。語弊があるかも知れないけどわかりやすい感覚で言えば、便秘みたいなもんです。

そうかー便秘だったかー。

飲食店は大学生バイトが多くて、おっさん達も彼らとの付き合いになれているので、そう痛い光景に出会うことは少ないんですが(なくなはない)、昼間の職場の方はまま目にします。仕方ないけどね。

日々大学生と一緒に働いていて思うことは、一般的な若者は無思考ではないということです。もちろん本当に無思考な若者はいる(ほんとのこというとおっさんにだってたくさんいる)のですけど、ちゃんとした教育を受け普通に大学生をしているのであれば、大体、自分で何か考えることがあります。だからこそ、おっさんの言葉が届かないってことはあります。

もうひとつ、これももう本当に仕方のないことだけども、大学生には見えていないものが多すぎます。社会のことを知らないし、親の事情を知らないし、会社にありがちな習慣を知らないし、法律を知らない。だから「その方針で行くと今は良いけど、後でしんどいよ」系のアドバイスも大概響かないですよね。わかるわけないです。


んでおっさん達は「俺の言うこと聞いとけよ」「だから言っただろ」みたいになるわけですが、なんつうかな、冷めた意見かも知れないですけど、若者は皆同じ失敗をしていったら良いと思うんです。生死に関わることはともかくとして、失敗するから楽しいんじゃないですか。おっさんのアドバイスなんか余計なお世話ですよ。失敗する機会を奪うなと。

もちろん日々の業務が切羽詰まってて、いつまでも失敗してもらっても困るという状況はよくあることなので、失敗すれば良いなんて理想論も甚だしいのですけど……でも、そういうもんだとは思ってた方がいいと思うんです。そもそも自分のアドバイスで若者が成功するなんて、思い上がりじゃないですかね。


横目でそういうのを見つつ黙々と仕事しながらそういうことを思っているんですけど、こうしてブログに書き出してみるとこれもまたなんか長いんですよね。3行で済むだろと思いつつ、3段落も書いているわけで、こういうくどいのもおっさんなのかもなあと思ったりします。僕の場合は昔からですけどね。
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