先日、店で毎年恒例のくえ鍋コースのご予約があり、その準備をしているときに、「鍋の取り皿はみしまのとんすいでお願いします」といわれたんだけど、その「みしまのとんすい」がわからなくて頭の中がはてなだらけに。みしまと言えば三嶋亭だけど、とんすいって豚?三嶋亭は牛だよなとか、ものすごく見当違いのことが浮かんできて収集付かなくなっていたのだけど、説明を聞いたらどうやら、これのことらしい。

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え?と思ったんだけど、よくよく聞くと「みしまのとんすい」とは「三島の呑水」と書き、「三島」という柄の入った「呑水」という器のことらしい。つまり、この花柄が三島、端っこが持ち手みたいに上に伸びている形状の器が呑水。

な、なるほど?

三島柄

「三島」とは図柄の形状を表した語ではなく静岡県三島市のこと。別に三島で作られている茶碗で使われているというわけではないのですが、縁あってこの柄のことを「三島柄」とうらしいです。以下、三島商工会議所青年部さん制作の三島柄サイトから抜粋。


三島柄プロジェクトWEBページ

室町時代末期(1550年頃)に朝鮮半島から紛青紗器(ふんせいさき)とよばれる茶碗が日本に入ってきました。この茶碗は薄ねずみ色の粘土にヘラやスタンプで文様を描いて白土で化粧をし、透明釉(とうめいゆう)をかけて焼いたものです。
こうして作られた茶碗の文様が三嶋暦の文様によく似ていたため、当時の茶道をたしなむ人たちから「三嶋手(みしまで)」、「暦手(こよみで)」と名づけられ愛用されていました。

(中略)

三島暦が生まれたのは、今から1200年以上昔の 奈良時代のことと思われます。
当時の暦は月の満 ち欠けをもとに作られる太陰暦で、農業にとっては とても大切なものでした。 江戸時代初期には、徳川幕府によって公式の暦とされ、関東・東海地方に広く使われていたそうです。

三嶋暦は仮名文字で印刷された暦としては、日本で一番古いものだろうといわれています。
静岡県三島市の三嶋大社の社家(しゃけ・三嶋大社の神職に従事する人々、またその住まい)である、暦師の河合家で代々発行されてきました。河合家の記録によると、770~780年(奈良時代)ごろに山城の国(現、京都府)賀茂から三島に移り住んだとありますが、確かなことはわかりません。
「三嶋暦」は、仮名文字の暦として日本で一番古いこと、木版刷りの品質が良く、細字の文字模様がたいへん美しいことなどから、旅のみやげやお歳暮などとして人気がありました。価格は慶応4年で、綴り暦(16ページ)が150文(今の価格で3,000円くらい)、一枚モノが15文(今の価格で300円くらい)でした。



なるほど、三嶋大社で発行していた暦の崩し文字に、この柄が似ていたから「三島」と呼ばれるようになったってことかー。説明されれば納得出来るけど、知らなければわからないなあ。図柄見て「三島」には繋がらないもの。


呑水

呑水については辞書から抜粋。

とんすいとは - 日本語表現辞典 Weblio辞書

鍋料理を取り分ける際や、天ぷらのつゆの入れ物として用いられる、縁の一部がやや突出した小鉢の一種。突出部は取っ手の名残とされるが、ここを持つと不安定になるので、取っ手として用いられることは少ない。



なるほどあれって取っての名残だったんだ。でかいれんげみたいな感じかな。なるほど。「呑水」だけに元は水飲みようだったんですかね?取っ手を持って飲むようなイメージ。



ひとつ賢くなりました。なるほどなー。