空高い #sky #イマソラ


タバコを止めてから、早いもので3年が経ちました。3年も経てばもう大丈夫かなという思いがある反面、3年禁煙したのに油断からタバコを吸ってしまって喫煙の習慣に戻った、そういう友達を何人か知っているのでまだまだ油断大敵だなあと言う感じ。タバコの誘惑から解放されるには、かように固い意志が必要になるのですなあ。

タバコを止めてから現在までの記事はこんな感じ。

タバコを止めました。または、1ヶ月前に止めてから今日までの話。 | mutter
タバコ止めてから2ヶ月後の世界。 | mutter
タバコを止めてから3ヶ月が経った | mutter
タバコを止めてから早いもので1年が経ちました。 | mutter
タバコを止めてから2年が経ちました。 | mutter

さて、この1年どんな感じであったかですが、まあ今まで通りときおり吸いたくなるときもありました。彼女の人と喧嘩した夜お酒飲みながらとか、休日の昼間何もやることがなくでも何かしないとなあという感じの時とか。それでもぼんやり「タバコ吸ったらすっきりするかなあ」と思う程度であって、頑張って我慢するというレベルでは無いかな。タバコを吸う夢を見る頻度も随分下がりましたし。この1年で2回くらいじゃ無いかな、そんな夢見たの。

タバコを吸っている人に対する嫌悪感は、この1年でより増しましたね。ああ別にね、バーとかクラブとかで吸ってるのは気にならないんですよ。それはそういう場所ですからね。でも、路上喫煙はやっぱり気になりますね。しかも路上でタバコ吸ってて、「すみませんねタバコ吸ってて、でも僕も僕なりに気を遣って吸ってるんですよ」的な感じの人が一番腹立つ。

どれくらい周知されてるか解りませんけど、京都市の条例では「第4条 市民等は,路上喫煙等をしないよう努めなければならない」となっていて、路上喫煙は基本的にしてはいけないんですよ。路上喫煙禁止区域というのは単純に罰金が課せられると言うだけであって、それ以外は路上喫煙して良いという性質のものじゃありません。なんかそういうのをはき違えてる人がいて、それにイライラするんですよね。解ってんのかと。正直、若もんがいきってタバコ吸ってるのはまあ仕方ないかと思えるんですけどね。バカだからね。でもいい年したサラリーマンが、「ああ、ここなら思い切り煙草吸える」みたいな顔してタバコ吸って歩いてるの見ると、「お前に家族はいないのか?」と言いたくなります。自分の子どもを大事に思うことと、火の付いたタバコを手に持って子どもとすれ違うこと(タバコは子どもの目線になります!)とは、どんな理屈で整合性を得ているのかほんと疑問です。


……ちょっと熱くなってしまいました。


要するにまとめて言うと、タバコを止めるとタバコが嫌いになるってのはホントね、ということです。鼻が鋭敏になるというのもありますし、喉にきつく感じるようになるというのもあります。吸える場所で吸ってる人を見る、そこに同席するのは全く構わないのですけど、少しでもルールを逸脱してるとイライラすると言うか。ジョギングしてる最中に路上喫煙のおっさんとすれ違うと、殺意さえ覚えるというか。喫煙者が安心して煙草を吸える場所を、もっと数多く設けてあげられれば良いとは思うんですけどね。土地がなあ……


まあとにもかくにも、まだまだ喫煙習慣復活というようなことにはなりそうにありません。彼女と別居するとか、突然両親が死ぬとか、信頼していた人に騙され借金を負わされるとか、そういう過剰なストレスが掛かった場合には、どうなるかちょっと予測出来ませんけど、今のところは大丈夫かなと思います。タバコ吸わずにビール飲めるようになったしなあ。

以前も言ったかも知れませんが、喫煙というのは毎日の習慣と強く結び付いているものです。その習慣を変えるか、止める(食後3時間はタバコを吸うのを止めるとか)ことで、その習慣毎タバコを吸うのを止められるですよね。もしタバコを止めようと思っている人がいるのであれば、その辺を意識しながら日常の習慣リズムを見直していってもらえればと思います。



それではまた来年、4年経過でお会いしましょう。