この本は、電撃オンラインで好評連載中のコラム「藤やん・うれしーの悩むだけ損!」の書籍版。

僕はコラムの方は購読していなかった(1回覗いたことがあるくらい)のですけど、今見てみたら月2回更新(第2・第4木曜)で、1人のお題にお2人がひとつずつ回答していくという形式で連載されているみたい。形式がなぜか画像なので…実は微妙に読みづらかったりするのですけど、書籍版の方は普通に活字なので読みやすいです。1人の相談者に対して、藤村さん→嬉野さんの順で回答しています。2人が話し合って回答を決めると言う形式ではなくて、相談者の人の「お題」に対してそれぞれが1人ずつ好き勝手に喋るという感じの形式なので、肩肘張らずに、結構いい加減な気持ちで楽に読むことが出来ます。


この本で面白い点は…やはり、お2人のキャラクターの差でしょうか。

比較的理詰めできちんきちんと回答していく藤村さんと、情緒的で時に理に合わないこともある(けれどとても心にしっくりくる)回答をしていく嬉野さん。どちらが正答ということではなしに、その時読んで心にしっくりきた方を選べば良い、と言うかむしろ選ばなくて良いという感じがとても好きです。僕自身、回答によっては藤村さんの合理的な考え方に深く共感するものもあれば、嬉野さんの比較的自由な発想の方に共感することもありました。


2人の違いとして解りやすいなあと思ったのは、「バイクで旅行をする」というエピソードかなあ。



「結婚したくありません」と言う相談をする男性に対して藤村さんは自身の新婚直後のエピソードを紹介します。

結婚して最初のゴールデンウィークに、奥さんを置いて1人でバイクの旅に出たんです。そりゃあ奥さんはあっけにとられたんでしょうけど、こっちは「じゃあ行ってくる」なんつって、さすらいのカウボーイ気取りですよ。東京から高速をひた走り、午後には岐阜県の関ヶ原当たりまで行きました。でも、そこで急にバイクが動かなくなったんです。エンジンが壊れちゃった。「これ、もう直らないですよ」と修理屋にあっさり言われて、その場で廃車。さすらいのカウボーイは初日にして新幹線で家に帰りました。きっとバチが当たったんです。新婚という「自分の立ち位置」をわきまえず、勝手気ままに振る舞ったことへの当然の報いとして、私の前からバイクが消えてなくなりました。

つまるところ、結婚が大事とかそういうことじゃねえ、社会の中での自分の立ち位置をわきまえるのが大事なんだ。気ままに1人で生きるなんか出来るわけないだろ、ということですね。なるほど。



一方の嬉野さん。「おとなになったら、いいことありますか?」と言う質問に対して厳しい家庭で育った奥さんが自立して好きな場所へバイクで出掛けられるようになったエピソード。

女房は実感した。「私はおとなになった。これからは、今までずっと批判されてきた自分の放浪癖に忠実でありさえすればいいんだ」と。そんな女房の放浪癖は今も続いていてね。おじさんもその女房の放浪癖に便乗して、色んな田舎の温泉場に旅をする。

「自分のやりたかったことができる」
……やっぱりそれが。
おとなになった喜びなんだよ。

あああ……。

僕はこれについてはもの凄く共感する部分があります。うちは別に特別厳しい家というわけではありませんでしたけど、僕の中には昔から「小言を言われたくない」だとか「自分のしたいようにしたい」という欲求がありました。その欲求の半分くらいは大学生として京都に来ることで達成できましたが、しかし実体はただ離れているだけで自立とはほど遠い、おとなとはもっと遠い立場でした。んで、それが給料を貰えることになって、生活費を全部自分で払えるようになって、自立した。そしたら何でも好きなビールが買えるようになった。日程さえ合えば旅行も行きたい放題。おとなって本当に良いなあと思いましたよ。



お2人のどちらかが正解ということはないと思うんですよ。その時そう感じた、というだけのことで、状況が変わっていたら藤村さんの考えも変わっていたかも知れないし、同様に嬉野さんも変わっていた可能性はある。なのでお二人がそれぞれおっしゃってること自体に「正しさ」のようなものはなくて、その代わりに、これだけ長く一緒に仕事をしてきてるような2人にも、きちんと2通りの考え方があるということだと思うのですよね。この「相談集」は、藤やんとうれしーの2人の回答のどちらかを選択するということではなく、2人が銘々に勝手なことを思い喋るのと同様に、相談した人もこれを読む僕らも勝手に思い喋り行動していけばいいんだよね、と言うところに意味があるのではないのかなと。


そういうことに気付きながらもう一回読んで、なんだか不思議と元気になったのでした。

悩むだけ損!