雪止んで、晴れ間


きっと読む人によって感じることが違うのだと思うけど。

困難な時代を生きる君たちへ - finalventの日記

僕としてはfinalventさんがどうではなくこのテキストそれ自体が独立して存在しているように感じられ、finalventさんからのメッセージと言うよりはこのテキストを読んだことを契機にして、今までも思ってきたことをもっと自覚的に考えなければと思ったのでした。テキストの主題は「どう生きるべき」ではなく「その生き方を決めるときに思うこと」みたいな感じだと思うから。


文意を正確に把握するのではなく自分の引かれた語句をそのテキストの印象として良いタイプのテキストだと思うのだけど、個人的には「できるだけ自分を偽らなかった」という最後段の言葉が僕の心に響きました。

困難な時代を生きる君たちへ - finalventの日記

私自身は20代からずっと打ち込んできたものはありません。支離滅裂で、その場その場をしのいできただけです。「そんなことやって何になるんだ」と自問し苦悶しました。ただ、それしかなかったように思いますし、できるだけ自分を偽らなかったように思います。


今の自分が自分を偽っていると言うことはありませんが、というか偽らなかったからこそ今のこの境遇にいるわけですが(良い意味でも悪い意味でも)、今後どうしていくかについては迷いがあります。これ、元・斬込隊長こと山本一郎さんの書籍(『リーダーの値打ち 日本ではなぜバカだけが出世するのか?』)を読みながら最近考えていることでもあるのですけど、今自分が思うことを衝動的に実行すると明らかに先がないことが解っているのですね。例えば次の仕事がないのに辞表出すとか。

だからといって現況に我慢して働き続け、解消する見込みのない不満を他のことで紛らわして年を重ねていくという生き方はどうも性に合わない。今見えている範囲ではそれが最も安定した生活なんだけど、いやそれ違うんじゃないのかなと。自分を誤魔化してないか?確信はない。もう35歳になるし、今さら転職とか難しいよなという思いもありつつ、それって自分を偽っていないといえるだろうか?という。「偽っている」という結論がある分けじゃなく、どうなのか分からないという感じ。

でまぁなんでわからない、確信が持てないのかっていうと、隊長の新刊をゆっくり読んでて思ったんだけど自分にはビジョンが足りん。5年後にこうなりたい、とか、10年後にこうなっていたいとか、そういうのがほとんどない。考えるのが嫌で放棄してるのもあるけど、ぼんやりしすぎ。周りの環境やまだ到達したことがない年齢の状況がわからないとはともかくとしても、自分自身がどうなりたいかすらないから選択に確信が持てないという。ぐぬぬ。


まぁそういうわけで例によってこのブログのこの手のエントリは思考のだだ漏れで結論無く終わるわけですけど、この1年を「これから先、どうやって生きていこうか」ということを真面目に考える1年にしていきたいと思います。いやもちろん今日から始めるのだけどさ、長年忌避してきた感があるしすぐには人並みになれそうにない。正直ちょっと思っただけでブルーになるんだけど、鬱で止めちゃうとずっと鬱なので、そこんとこ踏みとどまって少しずつ考えていきたいと。

まぁ今で不満があまりない(金がないという点を除いて)のが、考えるのをさぼっているのか本当に幸せなのか、そういうことも含めながら。どうなんだろう。ただの無い物ねだりって可能性もあります。今のままで良いのかも。今のままで良いのかな?