給与査定の「公平感」について思うこと

自分が現在雇用されている会社の、給与に関するルールはこんな感じになっています。

  • 会社にとって大きな利益を生む人間には高い給与を払う
  • 高い給与が欲しければ自分の仕事がそれに見合うことをアピールせよ
  • 新しい視点やプロジェクトにはそれ相応の給与を持って応じる

僕は個人的にこのルールをとても「公平なルール」だと思っています。

自分の会社には「勤続年数による昇給」という概念や「賞与」という概念はなく、「残業」という概念も曖昧で、その上給料は安いし休日は少ない。労働環境としてはとても恵まれているとは言い難いですが、それは時代性の反映もありますし、会社規模の反映でもあります。常に赤字と背中合わせの零細企業ですし。ただそうした環境において、限られた資源をより優秀な人材に振り向けるというルールは、とっても公平だと思うのです。積極的に会社に貢献しようとしている人間が生み出した利益を、ただ単に長く勤めているからという理由でルーチン作業しかしない人間に持って行かれるのは納得できません。

あんまり日本的なルールではありませんけどね。




先日もこんな話がありました。

長年勤めてきた従業員が結婚することになり、お金が入り用になるので給与を上げて欲しいと。まぁ話としては解りますが、経営者としてはうんとは言えないところでしょう。社長の回答は「給与を上げても良いがその根拠になる仕事を作ってこい」というようなことでした。従業員は「仕事を作り社員に命じるのは経営の責任」と言ってその考え方に反発しました。

根底には「現在の職務に対して給与が安すぎる」という不満があり、その上で「新たな仕事を持ってくるまでもなく給与を上げる余地はあるはずだ」というのがその従業員の言い分でしょう。よく解ります。しかしルールの上では、それ自体をアピールし交渉して昇給を獲得する必要があります。その交渉を怠り、自分に与えられた仕事だけを粛々とこなしている人間はずっと昇給を得られない…それがうちの会社のルール。で、くだんの彼はそういう考え方が理解できないようです。「会社というのはこうあるべき」っていうのが終身雇用制一択のままなんでしょうか。

終身雇用制で業績順調な企業は良いんですが(理想だとは思います)、うちの会社でそれをやると数年内に潰れます。彼の言葉を聞いて僕なんかは「自分が仕事を作って部下にそれを命じてその成果で会社から給与を分捕る人間になればいいだけじゃん」と思うんですが、彼はそういうことはしたくない。例えば「僕の責任で名古屋に新店舗を作ります」と提案すれば、出店のための投資は会社がする、給与は利益に従って上乗せみたいな、従業員にとってノーリスクな状況が用意されてるはずです。「新たにこういう方向の商品を取り扱いたい」という提案なら、それによる利益分だけ昇給だって可能なんですけど、やりたいのは今やってるルーチン作業。うーん。それで昇給はちょっと無理かなぁ。



今はまだ日本の中で変わっている会社、要は単にケチなだけじゃないのか、と見られているような気がしますけど、でも日本の将来というのはこういうことなんだろうなぁとも思います。正直、全然明るくないですけど。僕だってね、そんな面倒なこと考えず、毎日同じことやって、年々給与が上がって賞与も貰えるみたいなそういう会社に勤めたいと思うこともあります。けど、それは転職するときに考えればいいことでね…今みたいに「やる気あるやつは給与分捕り放題」っていう職場はそれはそれで面白いとも思っているのです。そういうルールは、それがない環境よりもよほど公平なんじゃないかとも。

20年先とか考えると正直もの凄くお先真っ暗な雇用体系ですけどね。

それまでに会社を辞めて自分で稼げるようにならないといけないなぁ。