友達のツイートを読んで。

モテるかモテないか よりも 相手をちゃんと思って 気持ちをちゃんと伝えることのが大切だと思う

まぁ解るんだけどさ。
でも世の中で「モテる」という時、それは必ずしも1つの意味じゃないのよね。


「モテる」の元々の意味は、たくさんの異性に好意をよせられるっていう意味だと思う。人気者になるとか、たくさん告白されるとかね。確かにそれはそうなんだけど、世の中に氾濫している「モテる」にはもう一つの意味があってだね、たくさんの人に好かれるとかいうのはまぁ幻想だと解ってるけど、周囲の人や少なくとも自分が好意を寄せてる人に振り向いて欲しい的な。心情的にが微妙なところだけど、そんな感じのニュアンスがあると思うんだよね。

「モテかわ!秋の着回し50選!」とか書いてあるファッション雑誌を読んだとしてさ、それを実践した結果自分がモテモテの女の子になれるかどうかってのは、まぁはっきし言って解ってるよね。なれるひとはなれるし、なれないひとはなれない。でもさ、見ず知らずの人に突然告白されるとか言うサプライズがなくっても、誰かの目を自分に向けたいとかさ、印象をアップしたいとかいうのもあるわけさ。

相手をちゃんと思って気持ちをちゃんと伝えれば、「モテかわ」なんて意識しなくて良いって言う話じゃないんだよ。その2つは全然全く別の問題。気持ちを伝えるに当たって相手のことをちゃんと思うのは当然だし、出来ればちゃんと伝えたいと思っているけど、自信がないから上手く伝えられないってのはあるわけでさ。そんなときに自分を支えてくれるものってなんだ?っていうと、案外、「モテかわ」だったりするんだよ。その内容が大事なんじゃなくてさ、その気持ちを作るための材料として大事なんだ。人間てそういうもんでしょう。

だからさ、どっちが大切とか言うことじゃないんだよ。「モテる」には「モテる」なりの存在意義があるんだ。僕は例えばファッション雑誌の煽り文句について、1つも共感できることはないけれど、それがただ見た目を整えるためのものではないということはわかるよ。整えた結果得るものがあって、ってことでしょう?ファッションに限らず、人間てそういうもんだと思うんだ。