「エスケープ・ルート」については先日書きました。

「エスケープ・ルート」 - nplll: Mutter

簡単に言うと、何か問題が起きたときのことを考えてB案C案を用意しておくことで、気楽に計画を実行していけるし、実際に問題が起きたときにも慌てなくて良いということ。自転車で長距離の旅行をするときに大事にしていた概念なのだけど、それに限らず世の中の色んなことに応用が可能です。それを使わなくてもそれがあるということ自体が有益なので、大事にしたいところ。

で。


ほぼ毎日走っていて気付いたんですけど、僕個人としては、エスケープ・ルートを用意するだけでなく、その存在をチェックしながらそれを「マイルストーン」的に扱ってクリアしていくのが好きみたいです。

先日の解説では本線と3本のエスケープ・ルートが書かれていましたが、エスケープ・ルートを通過することで、「ここまでは行けた」「まだ次のチェックポイントまではいける」という会話が行われて、また少し頑張っていけるんですね。それが「エスケープ・ルート」なのかと言われれば用途が違うんですけど、ややもすると自分と目的とをまっすぐに繋いだ直線にとらわれがちな中で、途中にそういうエスケープ・ルートへの分岐点兼チェックポイントがあることで心理的に処理が楽になるのですね。



あ、断食したときもそうだ。

この感覚が上手く伝わるか全然自信がないですけど、例えば24時間食べ物を食べずにコンビニに行くと、売り場の殆どが食べ物で埋め尽くされてることに気付いて本当に驚愕します。街にある店の半分も飲食店。目に入るのはひたすら食べ物ばかり。

でも断食して3日を超えるとそういうのがだんだん気にならなくなってきます。が、目に入らないとか、食べ物のことを忘れるとか、そういうことではないんですね。コンビニに水を買いに入る。そこに食べ物があるのは見えます。お金も持ってるから、それを手にとってレジに持っていって買えば、空腹は満たされます。でもしない。

なんでしょうね...あくまで「僕は」ですけど、ただ想像で我慢するよりかはそっちの方が精神的に楽なんですよね。そこに食べ物があるのは知ってる。知ってる上でその目に見えるものを自分は食べないという選択をする。ちょっとエスケープ・ルートに似ていませんかね?あ、似てない?



僕の中ではたくさんチェックポイントを設けながら、最終的な目標と短期的な目標との双方を視野に入れつつ進んでいく(本当にダメだったら諦めるのもあり)という点でジョギングの「エスケープ・ルート」と断食での「食べ物を避けない」ということとは似ていて、そんなことをせずにざっくり進んだ方が最終的に早く終わることもあるんですけど、そういう進み方が好きなんだろうなーと改めて思いました。性格なんでしょうね、きっと。