最近の仕事としては、Twitterその他のサービスと連携したり、長年「そういうもの」で放置されてきた業界的なというか自社的な基準を改める方向で企画を進めたりみたいなことがあるんだけども、「会社の」とか「仕事の」とかの議論になったときに一番有利な人は、説得力のあるカードをたくさん持ってる人なんだよなぁ、と思うことがしばしば。

有利な人

「説得力のあるカードをたくさん持ってる人が有利」と言う表現がなにを指しているかというと、読書や新聞の購読などを経て知識量が多いひとが有利であるというのを前提にしつつ、同時にその意見の内容が正しいかどうか、今現在の状況に適しているかどうかは、有利/不利にあんまり関係がないということなんですよねぇ。

企業文化にも依るんでしょうけど、強い順で言うと、

  1. 「誰々が言ってた」という「帯」を付けられる人
  2. 声がでかい人
  3. 正しそうなこと(社会的な正論とか)を吐く人

みたいな感じになってることが多いです。もちろん、プレゼンの上手い人はそういうのとは別の場所にいるわけですが、なんとなく決め手がない議論だと上の順で決定力があるような気がするわけです。

しかし、そういう個性とか情報量の有利不利で物事が決まるんだったら議論に参加することにあんまり意味がないわけですし、またそれが結果的に適切ならそういう曖昧な力加減で決まって後で失敗して困ってしてる今の議論とかもないわけで、意見内容と現状を見ない力関係で議論が動いてるときには、強引にでも視点を戻さないと、全体的に大変なことになるなぁと思うのですよね。

これが「今から食べに行くめし屋の話」とか「バーで決めかねているカクテルの話」とかだったら曖昧で全然OKなんですけどね。




必要なのは知ることではなくシミュレート。

前に書いた「バズワードに超敏感になりつつある人にどう対処して良いのか解らない」というエントリと通じるところもあるんですけど、例えばもの凄く成功している企業があった場合に、そのやり方を自社に適用したら成功するかしないかということは、その企業のやり方が正しいかどうかとは必ずしも関係はないわけです。その時点、その国、その文化、その資本規模だから成功したんであって、それをそのまんま持ってきても上手く動かないということはよくあります。

そんなときに必要なのは、「それ」を咀嚼し抽出し適用しシミュレートする能力だと思うのですが、情報量をたくさん持っている人がそれにも長けているかというと全然そんなことはなく、違和感を訴える参加者に対して成功企業の看板という箔でもって押そうとしたりします。そんなことしても何の解決にもならないんですけれども、議論にはいるとその議論に勝つことしか興味がないのかも知れません。

で、そうした人が用意した舞台で議論を戦わせようとすると、その成功企業のtipsが信用できるかどうか、正しいかどうかなんていう議論になったりします。この忙しいのに、その企業の是非をここで決めてどうするんだと思いますが、ともかく現実問題として成功して実績を残した企業について是非を論じたところで、そんなのは正しいのに決まっています。少なくとも失敗するまでは正しいですし。勝ち目は薄いです。




その成功企業が正しいかどうかが議論のポイントではない

そういうわけなので、そんな流れになったらどうしたって誰かがウザイ役割を演じざるを得ないよね、つまり、「そもそも論」というか、紹介して分析できない出席者に変わってそれの利点を説明してやり、自社に当てはめた場合をシミュレートして見せて、ここは得るものがある、ここは失うものがある、総合的に見るとプラス(またはマイナス)みたい話です。しかもだいたい時間を長くくれないので、短時間に気合いでねじ込まないと行けない。ミッション・インポッシブル。でもそれやらないと徒労感が半端無いですからねぇ...

全部○、全部×なんてのは滅多になく、総合的にプラスでも必ずどこかの部署は割を食うので、曖昧に全社的にオッケーならゴーとか言ってると、面倒なことになると思うのですよね。まぁものに依りますけども。




シミュレートする係の落とし穴はどこか

ではシミュレートして慎重に進む人が正解かっていうと案外そうでもないんですよね。悩ましいことに。
ただ消極的で何も変わらなかったりもするわけです。新しい要素を入れてバランスが変わるのが嫌とか、新しいことを勉強するのはコストだとか。
必ずしも間違ってるとは言えないでしょうけど、正しいと言えるかも微妙。




結局はバランス

やはり、バランスと視野・視点が必要だと思うのですよね。

最終的にどうしたい(どうなりたい)のか、自分が言っている意見はその過程のどの部分に当たるのか(最終目標なのか、過程の手法なのか、動機付けや出発準備なのか、など)、自分の意見の代替は本当にないのか、そんなことを把握しつつ議論を進めて行ければ、人は人の数だけ種類があるわけですから、必ず最後には面白いアレンジになると信じているんですけど、経験上でいうとそこまで持ってくのが大変なんですよね。。


1人1人が変わっていけば、いずれ組織を変えられることだとは思うのですが。