まぁなんつーか超内輪なことなんですけども、大体僕(32歳)と同年代で結婚していない人たち(お相手はいたりいなかったり)ってのが身の回りに意外なほどたくさんおりまして、ああ晩婚化ってやっぱり進んでるのねとか思うわけですが、何でか知らないけど超!エキサイティング!エキセントリックな人間模様になってるシーンがあちらこちらで散見されまして、いい歳してお前ら何やってんだよと呆れる一方で、まー年齢重ねたって人ってそんなに簡単に変わらないわね…とちょっと諦めムードになっちゃったりします。

これはきっと僕の付き合いのある人たちが社会的に見て偏ってるってことでもあるんでしょうけど…や、なんとなく良い雰囲気の人もいたりかなんかするんで一概にどうこうということじゃなくて、彼らはそのまま良い形になればいいねとは思っているんですが。
でまぁ、ちらっと思ったんですけど、「束縛」っていう言葉がありますやね。恋愛の話で言えば、相手の行動を制限するような命令を出すこと、ないしは文句や嫌味を言うことでその方向へ強引に誘導しようとすること、そんな系統の話だと思うんですけれども、どうもなんかこの「束縛」っていう単語が陳腐化しすぎちまってるんじゃないかと最近思います。

僕も誰かに恋愛の相談をされて「そんな束縛に従うことなんて無いよ」的なことを言うことがあるんですよ。もしくは誰かが言ったり書いたりしてるのを見る。そりゃまぁある程度正論だなと思ったりするんですけど、多分それは相手には届かないんですよね。



「束縛」ってのは便利な言葉でして。

まず、行為を行った人間の行為内容で束縛が規定されるわけじゃないんですね。少なくとも恋愛においては、行為を行った人間ではなくその対象者がそれを束縛と感じるかどうかが規定の基準になってきます。極端な話、「人と会うときは全て事前に許可を求めた上でレポートにして提出する」なんていうルールが科されていたとしても、それが信頼を得るための手段だと思ってる人にとってはそれは束縛じゃないんですよね。「一般的には束縛だよなぁ」とは知っているかも知れませんが、なんていうか感情的理解の上ではそれは束縛に分類されてないわけです。僕は理解できませんがそうみたいです。

そういう人たちに対して、よくありがちな「彼氏がこんなこと言うの」→「そんな束縛する彼氏別れちゃえば?」のコンボをかましたところで、本人がそれを束縛だと実感していなくて、「束縛=楽しくない」「束縛する人=彼氏=楽しくない人」とか繋がっていかずにむしろ、「アタシがダメなのよね」的なネガティブな方向に落ちていってしまうことが多いような。余計ドツボに嵌ります。大した数実例があるわけではありませんが、経験上で言えば、「束縛」という単語を持ち出さずに、彼氏がいかに君のことを考えていないかを語った方がまだ効果があるような気がします。確率はそれでも五分五分ですけどね。


また「束縛」ってのは幅広い意味での制約をさす言葉なので、当然「束縛しないで」にも幅広い意味が与えられてしまいます。ある行為を束縛とみなすか否かでその人の考え方にも差が生まれます。彼女が「これは守って当然」と思って主張したことを彼氏が「それは束縛だ」と思った場合(男女は逆でも構いません)、そこでそれが束縛に当たるかどうか話し合いがもたれる……ということは滅多にないです。大概は、主張された方は相手を「束縛するやつ」だと認識し、主張した方は相手を「自分勝手だ」とか「自由恋愛主義者だ」と決めつけて譲りません。僕に言わせりゃどっちも自分勝手なんですけど、そういうのは理屈じゃないですからね。

そういうところで、「束縛するのなんておかしいよ」とか「それくらいして当然だろ(=それは束縛じゃないよ)」とか言ったところで、まぁなんつーか何も起きないんですね。最初から問題はそれが束縛なのかどうなのかという意識の違いから来ているので、本人同士が一致させる気がない限り、外野が断定したところで意味無いんですよね。お互いがお互いの味方を見つけてきて余計に意固地になるっていうパターンもよく見られます。止めときゃいいのに。



結局、僕は思うんですが、「束縛」なんていうものは存在してないんじゃないですかね?(恋愛相談的な意味では)


なんとなく全部ひっくるめて「束縛」なんてカッコつけて呼んでますけど、中身は「相手の健康を気遣って」から、「自分の思い通りに相手を操ってやる」っていうところまで幅広くあります。ただどちらにしても、それが自分の感情だけで完結していて、結局は我が儘ってだけなんですよね。中身の制限度合いで「束縛」か否かが分かれている…のではなくて、そもそも、相手のことを考えていないことが問題じゃないのかと。なぜそれを宣言する前に、それを相手に伝えて交渉することが出来ないのか不思議ですし(恋人同士ならなおさらね)、鳥坂さん曰く、「話の通じん相手はレベルがちがうわけだから、しょせん戦いにならんのだ。」(©ゆうきまさみ)つー話で幻滅することはあれ、ネガティブになる要素は別にないと思うんですよね。

要するにそれが内容として「束縛」であるかどうかはどうでもいいわけですよ。正直。問題はその前にやることあるだろお前らっつー話で、その段階でみんなで「束縛」「束縛」言うててもそれはなんかもう口当たりをいたずらに良くしてるだけで、効果のほどはよくわかんね、的な。でもって、それが出来んのなら(そしてさらに悪いことに手が出たりしてるようなら)、悪いことは言わんからそんな関係無かったことにして大人しくしとけって思うんですよね。



そりゃ人と人の関係だから、鬱になるようなこともたくさんあるだろうけど、根本的な話として、楽しいはずのものを守ろうとして楽しくなくなってきたら、それはどっか間違ってるよね。Star Wars Episode IIIでの、アナキン・スカイウォーカーと同じですよ。そんなことを思うんですけどね。