最近Twitterが話題になっていまして。ざっくり見た感じ、RSSやはてなブックマーク、Tumblrなどに比べると(Webに関する知識的な意味で)かなりライトなユーザにも受け入れられているなという感じがします。まぁ例によってそのうち飽きが来て廃れる程度のことかもしれませんが、規模で言えば現在のmixiをちょっと下回るくらいには来てるかも(mixiのアクティブ率はかなり下がっているので)。
そういうわけでライトなユーザを比較的たくさん目にするようになったのだけど、そういう人たちを見ていて良く思うのは、有り体に言えば情報に左右されすぎ。例えば酒井法子さんの覚醒剤の件なんかでも、真偽不明なもの凄いたくさんの情報が流れていたのだけど、そういうのにイチイチ反応していたら本当に体が持たないというか。例えばこんな情報とか。

  • 検査をすり抜けるために頭髪を刈っている
  • のりぴーの弁護士はやくざ
  • 宗教法人にはまってる
  • 父親の墓前で自殺するのでは
  • 山梨で一瞬携帯の電源を入れたのは陽動作戦

などなど。



これらが本当であろうと嘘であろうと僕はどうでも良いと思えるんだけど、空気感としてはそういう「面白げな話」が流れてくると即座に信じる人が一定数いるような気がする。あとでどうやら嘘らしいとわかれば「なんだー」といってゴミ箱に捨てるのだから実害はないように思えるけれど、もし仮にきっぱりとした否定がなされない場合にはしばらくそれを信じるわけだし、場合にはそのまま都市伝説みたいになったりする。それって危うくね?

Webで情報を仕入れる上で基本だと思うのだけど、すぐに二項対立で判断するのではなくて(「良い/悪い」とか「本当/デマ」とか「可愛そう/ざまぁ」とか)、正誤のわからない問題は「一時保管フォルダ」に入れるべきだと思うんだ。そのフォルダに入っている問題はあくまで知識として処理して、自分の想像で正誤を付けたり感情移入したりしない。速報を出すことに命賭けてる人はともかくとして、たいていの人にとってそれを慌てて判断する必要なんか無いしそれで振り回される必要もない。そういうことを続けていると色んなことにナーバスになり過ぎる気がする。ヒステリックと言ってもいい。



こういう情報の発信源は大体週刊誌の推測記事とか業界のうわさ話なんかで、それが2ちゃんねるのニュース系のスレに投下されてブログやTwitterやTumblrで広まるというようなことになっているみたい。

2ちゃんねるは、





という文化になっているから、住人は大体「一時保管フォルダ」を標準装備してる。もちろん祭の時とか意識的にそういうのを無視して乗るっていうのはあるけれども、それは振り回されるのとは根本的に違う。仮に嘘でも良いから乗っとけっていう感じ?まぁそれはそれでどうかと思うけど(苦笑)、まぁでも2ちゃんねるのそういう系統のスレはそういうもんなので。遊ぶ覚悟もないのに、それと似たようなことをWeb全体/社会全体で真面目にやることはないと思うんだよね。



冷静になったり即座に判断しないことがそのソースに対する否定になるわけではないんだから、あとで事情の輪郭がきっちり見えてきたときに改めて感情移入すればいい話で。それまではそういうのは保留にしておくべきなんだと思う。

「リテラシ」という言葉はわかりにくいかも知れないけど、要するに、情報が無駄に氾濫するWeb[*]に振り回されないためには、

  • 「一時保管フォルダ」を装備すること
  • 「一時保管フォルダ」に入れるべき話題を見極めること

そういうことがより一層大事なんだろうなと思う。Twitterに限らずね。



追記(2009/08/11 12:55)

はてブコメントより。

maicou メディア そういうこと含めて楽しんでるんだと思うけどな。

「楽しんでる」それがちょっと僕の認識と違うんですよね。楽しんでる人はこのエントリの対象外です。



id:maicouさんのように「楽しんでいる」ことを意識できる人は慣れているユーザです。慣れてるユーザはそれが本当かどうかなんかどうでもいいだろと思って情報を流してます。受け取る側に回ったときも同じです。でもね、その情報を受けてる人間は当たり前だけど流してる人間の何倍もいて、受け取る方も同じように楽しむことを意識出来てればいいけど、実際にはそうじゃないというのが僕の認識です。ライトな層でそういうのにあたふたしてる人がいるわけです。そこんとこの差異がヒステリックな反応であったり、ネタがネタだと通じなくて揉め事が起きたりすることの原因じゃないかと。

そこでもちろん「楽しんでやたらと情報を流すなよ」と言う方向に向かうことも出来るけど、それは本エントリの趣旨じゃないです。その楽しみを僕も知ってるしそれをわかった上でのネタだと思うんで。そういう意味で「そういうこと含めて楽しんでる」のは現状のWebに対するごくごく当たり前の認識だと思うのです。それを僕も変えたくありません。その上で、Webはそういう場所なんだからもうちょっと違う接し方しないと身が持たないぜ、と思うわけです。個人的にそうなりかけてる光景をリアルで何度か目にしたので。

もしそういう「情報に過敏に反応している」と自覚できる人がいるなら、楽しんでる人はあなた(=過敏に反応する人)のようには情報に接してないんだよ、だからあんまり気にしすぎないで保留する場所を持てばいいよと言いたい、というのが本エントリの趣旨です。情報発信者が楽しんでいようといまいと、不確定な情報を不確定なまま公開してやばければ後で修正かけるというのがある程度Webの文化ですし、いちいち真面目に受け取っていても仕方がないですよっていう。
まぁ僕らにとっては当たり前のことなんで「何を今さら」という感じではあるんですけどね、いろいろ感じるところありまして個人的に改めて書いておきたかったという次第です。


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以上が本エントリの趣旨ですが、それと関連して最近、「ネタをネタとしてとらえられる領域の人たち」と「そうではない人たち」の距離が以前より詰まってきたような感じがあります。Twitterを出したのはあくまでそういう実感に対する1つの例です。どうですかね、Webから情報を拾うソースが増えて、そのへんメディアも含めてごっちゃになってきてませんかねぇ?僕は、2ちゃんねるやその他の場所で増幅されたネタがメディア(週刊誌でもゴシップ誌でも)を迂回して国民に広められるのが日常茶飯事になる日が来るのもそう遠くないと思ってるんですけどね。口調を変えて看板掛け替えちゃえば、その情報や推測がどこ出身かなんてわかりませんし、ソースとしての信頼度は格段に増してしまいますからねぇ。正直。



* 多分、Webだけじゃなく投資周りとか情報が力を持つ業界では昔からそうだと思うけどね。