最近ようやくというかなんというか、周りの「普通の人たち」の間でも「Twitterを始めたよ」という声が聞かれるようになってきて、ああ日本でもTwitterがそういう局面に入ったんだなぁと強く実感しているのだけど、僕個人としては実はTwitterをヘヴィに利用していくことに対してあんまり乗り気じゃなかったりします。
 

というようなことを書いたのだけど、書いた文章と自分の中の印象とで若干ずれがあるなと感じたので少し補足。
それはつまり、上のエントリの最後の部分、

僕は使い始めてからずっとそんなことを思ってて、今は簡単なライフログ(出社と帰宅くらい)とニコニコ動画の視聴履歴記録用くらいの意味でしか使っていないけど、だからといって止めようとも思っていないところを見るとコミュニケーションは気が進まないにしても、延々と流れていくタイムラインが結構気に入ってるのかも知れないと思う。

ってことなんだけど、要するに…Twitterはただコミュニケーションを取るためだけのツールじゃないんだよねという話。確かに誰かとコミュニケーションを取ることを目的に考えれば、Twitterは別に便利でも何でもない。Reply(返信)だってRetweet(引用)だってシステムとしてよく出来てるわけじゃないし、誰かと明確にコミュニケーションを取りたいなら、メッセンジャーやSkypeやGoogle Waveなんかを使っていく方が良いと思う。ただTLをよーく眺めてみると、誰かと誰かがコミュニケーションしているように見えてでもそれは結構かみ合っていないというか流されているというか、恐らく全員が全員同じ人をフォローしてるってわけじゃないからなんだろうけど、コミュニケーションを取ろうとする相手がもの凄く曖昧でぼんやりしてる。結果として、仮にもの凄くコミュニケーション志向が強い人であってもTLを占めている殆ど全ての情報は自分には無関係で、それこそテレビの『だら見』に近い。何となく付けてるっていう。


日本ではまだあんまり無いけど、アメリカでのTwitterの使われ方を考えてみれば、僕みたいに「コミュニケーションどうたら」と考えるような人ってのは多分Twitterがよくわかってない人で、従来のサービスから抜け出てない人なんだろうと。それは僕が時代遅れって言うのも半分はあるけど、日本でのTwitterの使われ方が考え方は前時代そのままでツールを置き換えただけっていう形から出てないってことでもあるのかもとか。

要は、Twitterは延々流されるテレビ…というかむしろ、BGMとして掛けっぱなしにしているラジオみたいなもんなわけで、広告でも企業リリースでも個人のつぶやきでも様々なチャンネルがごちゃごちゃに混在しながらTLを形成し、それらを聞き流しながら目を引いた情報だけをピックアップしていくってことなんだろうなと。通常アクセスできないリソース(企業や有名人など)個別にリアクションすることはもちろん可能だけど、そのためには相手も自分をフォローしてくれることが条件なわけだから、結局そんなの届かないよねっていうか届く人はもともと距離近かったんじゃないの的なアレを感じちゃうので僕はあまりピンと来ないけど、それでもラジオとして考えれば…それはいいよなぁ。

あくまで前時代的な意識のままで置き換え作業をしてみるならば、Twitterはもっとリアクションの予想が簡単になったRSSとも言えるし、効果測定が可能なメールマガジンとも言えるし、文字通り流しておくことを目的にしたリリースとも言えるし。ユーザとしてみれば、「マイクロブログ」という自分のアウトプットのためのツールがTwitter…というだけではなくて、様々なリリースのインプットとしてのツールという側面もあるのかなと。



僕自身の中の矛盾というか割り切れなさみたいなのは、結局、自分自身の思いこみとして「アウトプット・ツール」という位置づけがなされているにもかかわらず、実際の利用用途は「インプット・ツール」であるというところにあるのかなぁと思う。堀江さんのTwitterとか本当に典型的に読んでるだけだもんなぁ。ああ次は対談の本なのねとか。

あー企業やショップはもっとTwitterで情報を垂れ流すべきだ。多分その方が楽しい。それでなぜ楽しくなるのかがいまいち掴み切れてなかったけど何となく掴んだような気がする。