どんなに素晴らしく見えるアイディアであっても、それがふとした会話の中から出たものの時は、
実際に作業に入る前に少なくとも方向性については詰めておくが必要がある、

…ということを、最近仕事で学びました。
あくまで仕事の話なんだけどね。
リスクが小さいとき(この店入ろうかーとか)は適当で良いと思うんで。
言うてみれば当たり前のことなんだけど。

結構、ブレスト的にとりとめのない話をしていて、ふとこんな風にしてみたら良いんじゃないとか、
もっと曖昧にあのページちょっと新しくしてみようよ、なんて感じになったとき、
その提案がもの凄く魅力的に思えて、じゃあやりますわ!なんてことになったりするんだけど、
そこでその提案を出した人とか、そこに一緒にいた人と方針を詰めずに作業始めちゃうと、
なぜだかその進捗とか方向性とか全部自分に被さってるから不思議。んで、困るの。

あとから、いや方針もうちょっと詳しく決めましょうよとか、
いやそれだと企画の意図ぶれるでしょ…っていうかこれどういう意図でやるの、とか始めても、
今さら何言ってんの?やるって言ったじゃん的な空気になっちゃってて、
あたかも、やりたくないんでだだこねてる的雰囲気になっちゃってしんどいだけっていう。


誰が悪いとかじゃなくて、安直に作業に取りかかっちゃった人間も悪いわけだし、
作業を精査せずになんとなしでゴーサイン出しちゃった人間も悪いわけだし、
そうじゃなくて、「会議なんてくだらないよね」とかいうレベルの話じゃなくて、
なにを、どういう意図で、どう持って行くか位のことは決めておかないと、
どうせぼんやり始まった企画なので、ぼんやりした結果しか出なくて、
それが適当であるかどうかもわからないっていう最悪な事態になるって言うね。

影響範囲がでかければでかいほど、その辺には時間を掛けないと、
ものごとは上手く回らないよねと。

もちろん、上手く回ることと結果が最良であることは同義ではなくて、
アドリブでやっちゃった方が結果として最高のものを生み出すなんてことはよくあるけど、
個人の個人のための活動ならともかくとして、結果が良いのは当然、
悪いときは改良することが求められている場合には、やっぱりはっきりさせておかないと、
そのときの結果もムラが出るし、進まなくなったときに立ち戻る場所がない、
悪い結果になっても反省して再出発とかできないと。


ぼんやりとした予想図だけじゃなくて、
もっと準備に手間掛けなきゃいけないなと思いました。