自民党の強力なライバルとして民主党が注目されて、
僕が子供の頃(1980年代)に比べて政治は大きく様変わりしたけれども、
それを伝えるマスメディアの方は大して変わっていないな、とぼんやり思ったのです。

表題の「55年体制」ってのは、
定義としては自由民主党と日本社会党による二大政党制ということを指すようですが、
僕の中では自由民主党の絶対過半数による一党独裁的な印象があります。
なので、そんな感じの印象だと変換してください。
(二党の関係で言えば自由民主党の議席は日本社会党のほぼ倍だったわけですしね)


そうした中での野党や、その支持母体である各労組、
また社会のご意見番たるマスメディアの役割は、
絶対王者である自民党が何かをしでかさないように見張る役割だったと思うのです。
正直、勝てる喧嘩ではないけれども、それでも何かをしなければ勝手気ままにやられてしまう。
日本を体制側とそれに支配される側とに分けた上での闘争だったはずです。

そこでは、何もしなくても勝者である自由民主党を評価することには何の意味もなく、
その体制を否定し批判し続けることにこそ意味があったはずですが、
しかしその闘争手法は、結局のところ絶対王者がいるからこそ成り立つ話で。
最終的にその王者をその王座から引きずり下ろした後は、成り立たない。
中学生の反抗期における親との喧嘩は、成人同士では成り立たないわけです。
そうした絶対王者がいなくなった社会で、
野党や労組やマスメディアはどんな風に活動するんでしょう?

本当は、絶対王者がいたって同じことではあるんですが、
その存在で図式がシンプルになっていたものをもう一度本質に戻ってやり直す必要があります。
つまるところ、闘争すること自体ではなく、その結果として何を成すかに意味を問われるはずです。

野党やその支持母体の活動はあんまり変わりませんよね。
彼らにとっては依然として自らの手に主導権がないわけなので、
その権利を握っている側の問題点やその結果を指摘し、
自らの政策がいかに優れているかを主張した上で、
結果として体制を批判することになるはずです。見た目はさほど変わらない。



でも、マスメディアの活動は変化しているべきだと僕は思うんです。


現状認識については差があると思うので、人によっては、
そうは言っても自民党は強固な体制を敷いていると考えているかもしれません。
その上での反体制的な闘争が必要だと。

でも数字の上では、参議院では野党に過半数を握られ、
衆議院でも単独過半数を取れないことも珍しくなくなりました。
今現在は単独過半数を保持していますが、それでも連立は崩さない。
何があるかわからないし。つまり少なくとも絶対ではなくなっている。
政治の主導権はより流動的になっています。

WEBの普及で視聴率や購読者数が減っているとはいえ、
マスメディアには依然として大きな影響力があります。むしろ政治の流動化と相対して、
マスメディアの持つ影響力は以前より上がっているはずなんです。
マスメディアの姿勢1つで、政治の枠組みそのものが大きく動く可能性が、
自民党が絶対王者であった頃に比べて格段に増していると思うんですね。


こうした思いを下敷きにして今現在マスメディアがやっていることを見てみると、
んー結局は、体制に対して問題の指摘を繰り返すという以前と同じことをしているだけです。
とにかく体制を崩すことが大事なんだと。それが目的化したままのような気がします。
それで、本当に良いんでしょうか?


マスメディアはもっと自らの影響力を認識し、
それを社会のご意見番という本質的な立場と照らし合わせた上で、
もっと本質的な意味で、日本の社会に貢献していくべきではないのではないかと。
与党野党問わず、政治家諸氏のプライベートをつまびらかにする暇があるのなら、
自ら選挙が近いと報道しているわけだから、
両者の政策の違いや、それぞれが持つ問題点について徹底的かつ詳細に伝えるべきです。

その精神が一匙でもあれば、
自民党の貯蓄されたら何の効果にもならない経済政策や、
民主党の財源は官庁に眠るなんていう実現性の不明瞭な政策を許せるはずがないんです。

自民党はもっと徹底的な経済政策をとるべきだし
(選挙を不可避というなら、選挙と共存できる経済政策を提案すべき)、
民主党はシステムとして、例えばどんな法案を通してその財源をはき出させるのかまで、
具体的にプランを発表すべきだし、
仮に財源を確保できなかったらどうするのかを明確にすべきでしょう?

公約を守れないことが明らかになったくらいでは、
与野党ともに解散するつもりはないわけですし。


そうしたことを、わかりやすい形、一面論説や社説で行わないことは、
社会に対する怠慢ではないかと思うのです。

WEBにおいては、僕みたいな石も含めて玉石混淆、侃々諤々やってますが、
はっきり言ってWEBの社会に対する影響力なんて、マスメディアに比べたら微々たるもんです。
だって結局は個人なんだもの。
最終的にはマスメディアが動かない限り、何も動かない。
(そういう意味では僕がマスメディアにしていることも55年体制的なのかもしれませんね)


マスメディアは「体制を叩く」という幻想からいい加減に目を覚まして、
実際に政治で行われている政治的なことについて、
素人だが選挙権を持つ人々に対して周知させるべきなのではないかと。

もし仮にそうした活動の結果、民主党の欺瞞に満ちた政策が改善され、具体化され、
現実的な意味で明るいと判断できるのであれば、僕は民主党に投票しても良いと思います。
でも、今は無理。


僕が考えるジャーナリズムというのは、そうした本質に根ざすものであって、
その手法自体を目的化するものではないし、またマスメディアというのは
そういうジャーナリズムを持ち合わせているべき媒体だと思うのだけど、
もしかして、日本のマスメディアは違うんだろうか。
例えば日本人が愛読している新聞はみな、娯楽紙なんだろうか。

朝日新聞が偏ってるとかWEBは右だ左だとかそういうことよりも、
社会に対して合理的な態度を示せないマスメディアに対して、何となく危機感を抱きます。