“他人”と一緒に住むことになって3日。
良いとか悪いとかではなく、生活習慣の違いに戸惑うことが多くてまだまだ慣れない。

なんとなしの雑感を。
同居人にとっては僕のだらしなさ、いい加減さが目について、
ストレスが相当溜まってるんじゃないかと思う。
これでも、相手の判断基準を踏まえた上で先回りしようと努力してはいるんだけど、
色々となかなか上手く行かないことが多くて、イライラさせてしまう。申し訳ない。


同時に僕の方から見ても違和感のある習慣があって、
詳しく見ていくと実は、元は僕と同じ“面倒くささ”だったりする。
それを僕ではないリズムで表現するとそうなるんだって言うことであって、
多分そこには良い悪いはなくて、差異があるだけなんだろうな、と思っている。



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確定していないことや話していないことを先走ってここで書き過ぎるのは控えるけれども、
(相手もこのブログを読んでいると思うけど、私信を書きたいなら直接言えばいいもんね)
ここ24時間で一番思ったのは、話し合いで決めたことをメモしておく必要があるな、ということ。
出来れば、ノートにボールペンがいいな。


『証拠』とかそういうんじゃなくて。


どうしても僕には僕の、相手には相手のリズムがあるわけだし、
きっちり決めたつもりでもいつの間にか自分のやり方になっていることがある。

自分が正しいと信じ込んでいることについては打診もせずに行われていて、
衝突が明らかになって初めて話し合いが持たれるんだけど、
その一回の話し合いだけで双方が了承したことになる。約束事として。
でも僕個人的には、数が増えてくるとだんだん維持が難しくなって、
うっかり、以前の自分のやり方でやってしまったりとか。

きっちりメモを取って、少なくとも最初は確認しながら生活しないと、
僕自身が上手く対応できないんじゃないかと凄く不安。
…いや実際に難しい(あくまで体感としてだけど)。


だってさ、13年間の生活習慣を一度の話し合いだけで根本から変えていこうとしてんだぜ?
どう考えたって(僕の感覚としては)難しい部分もある。



さらに言えば、メモは行動を規定/拘束するだけじゃなくて、修正にも活かせると思う。


なんかさー学校とかに貼ってある行動規範とかだと縛られてる感満載だけど、
そういう形の運用ではなくてさ、なんてかな、
たった二人のコミュニティなんだし、修正は柔軟に行うべき。

何かが上手く行かなくなったとき、
それがどう行われていたかが分からずに、問題の切り分けも出来なくて、
記憶に頼ってみたけど曖昧で ── というのが一番タチが悪い。
覚えてると主張した方が強いとか。良くあることだけど。

『証拠』じゃないと書いたのは、結局どっちが勝ってても良いんだけど、
つまり僕が負けててもそんなことは全然良いんだけど、
良い方向にものごとを進めたいなーっていう。
どこの辺りが現実に即してないか判断したいんだよね。

メモに書かれた決まり事自体が間違ってたのか、
決まり事の運用の仕方が間違ってたのか、
うっかりミスなのかによっても、何か違うし。


感情的なことはもちろん全然別の次元の話で、
全部を書面に残してビジネスライクに行こうぜっていうことではないんだけど、
そう、単純に変化が大きくて覚えきれないし詰め切れてないもやもや感が、
今現在の僕にあるってことです。

いい加減にやってお互いが不快になるのは避けたいのね。
(僕だけの努力で避けられることなら特に)



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正直な話、価値観の違いは結構ある。


そこまでしなくてもと思うことも多々あるけれども、
僕が苦手な分野(家事全般)については、全相手のやり方を無条件で受け入れてみたいと。
僕自身がだらしないのは事実だし、これについては相手が100%正しいと信じてるし、
物事をきっちりとやる方法を身につけたいとすら思ってる。

相手のやり方を実際にやってみていれば、
万が一やり方のどこかに改善点があったとしても気づけるだろうし。


他の点でも、極力自分の価値観に拘らずにいきたい。
僕自身はそれで良いと信じてることでも。

実際、違いが余りに明確で判断できないこともたくさんある。
そのとき、脊髄反射的に『俺とは違う!』と拒否するんじゃなくて、
なぜそう言われるのかを考えてみたい。
その上できちんと説明できたなら分かってくれると思う。



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とはいえ、何より僕の荷ほどきを筆頭に、生活必需品の不足などから、
まだまだ生活の水準がフラットにはなってないわけなので、
とにかくまずそっからかな。