余りに繋がりベースなコミュニケーションに嫌気が差し、
実生活がそれに浸食される前にとmixiから離れて半年余り。

mixiを離れて思ったことの1つは、
『大事な人とはきちんと連絡先を交換しておかなくちゃいけない』
ということでした。


元々あんまり人と連絡先を交換しないタチで、
よく顔を合わす割に携帯の電話番号はおろかメアドも知らない、
ということがよくあります。
(仕事で外の人に会う機会が少ないというせいもあるでしょうけど)

mixiにはまってるときであればそういう人であっても、
mixi経由でメールのやりとりを行ったり日記にコメントしたりして、
気軽にコミュニケーションを取れたのだけど…
よくよく考えてみればそれって相当にアヤウイ。

本質的には、連絡さえ取れれば別に何でも構わんわけなので、
そういう意味ではmixiで十分なのだけど、
mixi経由で連絡が取れるっていうのは所詮は、
mixiによるコミュニケーション代行でしかなくて。
相手が僕みたいにmixiを利用しなくなったら、それで関係は終わり。
意図的かどうかはともかくとして、
コミュニケーションを断ち切るためのコストが異常に低い。

重要なイベント連絡や、ちょっとした質問なんかがmixi経由できて、
すぐに答えられなくて怒られたりもしたけど、
よくよく考えてみれば僕はちっとも悪くなんか無くて、
mixiを使ってる君の方が余りに自分本位なんじゃないの?とも思う。
連絡先を教えなかった僕も悪いけどさ。

mixiのみに連絡を頼っても通常は何不自由なくコミュニケートできる。
だけどハッキリ言って、mixiはその連絡の可否について何も保証しない。
当たり前の話で、構造的には電子メールと同じ、
保証するのは送受信に関する部分だけで相手に読ませる部分までは保証できない。
そういう当たり前のことをつい、忘れてしまう。

もちろん、mixiを否定したり利用者を非難してるわけではなくて。

ブログや日記に手を出したことがなかった人たちが、
これだけ自分の日常や思いについて言葉にするようになったのも、
全てはmixiのおかげだと思う。
おかげで色んな友人の思ってることや、感性を感じられたし、
そういう場を提供するという意味ではこの上なく便利。

ただし、そこに浸りきるとどうしてもリアルとmixiの繋がりを忘れがち。


自分がmixiを便利に使ってるときには感覚が希薄になって、
むしろmixi経由で連絡を取れない人に対して面倒さを感じさえしたけど、
でもそれは、自分が相手の連絡先をきちんと知らないと言うことに対する
エクスキューズでしかないってことに気付かされた。

本当に大事な人であれば、
mixiがメンテナンスとか、mixiを退会したとか疎遠になったとか、
そんなちょっとした変化で連絡できなくなるような状況にはいたくないし、
そのためにはエクスキューズはもう止めて、きちんと連絡を取れるようにしないと。


なかなか、