『メディア』っていう単語が使いにくくて仕方がない。

今朝アップされていた、昨日のはてブの一番下、
杉山茂樹のNumber Webでのコラムに対するコメントで僕は、
よく言った。全くその通り。さすが杉山茂樹。スポーツを『バラエティのソース』くらいにしか思わない奴らはほっとこう、とか思うんだけど、そうするとほぼ全メディアが該当しちゃうんだよな…
なんつって偉そうに書いてるんだけど、
この場合のメディアってのは、主にテレビ。


ところが、『メディア』って書いちゃうと、
それこそ、多くのフリー・ライターも含めた、
全てのテレビ、新聞(スポーツ紙含む)、雑誌(専門誌含む)、を意味することになって、
自分の感覚に対して、枠が大きくなりすぎてしまう。
自分で、この人はそれとは違う、と思ってるヒトが、
『我々メディアが』と書き出すと、
あああ、そうなんだけど、そうじゃない、と、
なんか悪いことを言ってしまった気がしてしまう(別に僕のせいでも何でもないのに)。


だからといって、『テレビ』と書けばいいかって言うと…それはちょっと違って、
この場合、当然のことながら、新聞各紙にももちろん言及したい。
盛り上がったときだけついばみに来る一般紙はともかく、
スポーツ紙だって、こう…自分勝手な論説を繰り広げる記者はいる。
あれですよ、日本代表の試合っつーと、名前出して、
赤太文字で一面に載せたがるようなヒトですよ。

『俊輔 決める!』


とか。

僕自身は、そう言う煽りも嫌いじゃないけれども、
しかしなんだ、それをするためにスターを作るとかいうとちょっと本末転倒じゃね?
アサマシ過ぎね?とか思う。

『そうですね、とりあえずその辺中心に押していきましょう』

とか言う会話が聞こえてきそうな。
あんたの役割は押すことじゃない気がするんですけど…



…本題からずれまくってるな。



まぁそう言うわけで、メディアとか、マスコミとか、
批判対象として、そう言う単語を使わざるを得ないことが多いのだけど、
必ずしも、それに該当する全部を批判しているわけではない…
── ていうか、大体は、批判されるべきでないヒトほど反省し、
批判されるべき機関ほど反省しないわけだが ──

なんかこう的確な書き方が出来ればいいのだけど、
メタ的に、横断的に、おおまかに、ざっくりと、ホールで、
『メディア(マスコミ)は腐ってる!』
とか書く方が遙かに楽なので、そうなってしまう。
ホントは違うんだけど。
ちゃんとした人もいるんだけど。


マスコミが言うから、で、信用できた時代が終わったのと同時に、
マスコミだから、で、批判出来る時代も終わったのかもなぁ、と思いつつ。

今まで、マスコミに隠れて、保護されて、表にあんまり出てこなかったけど、
責任は記者に取らせるべきなんだろうなぁ、とか。
でもいちいち個人批判とかやってらんねー
くだらない記者まで覚えていたくねー

…なんだかなぁ。