以前、京都のゴミ処理に関して感想を書いた。
自分だって、ゴミの分別なんか正直面倒なので、細かくやりたいとは思わないけれども、
それにしたって現状の京都市の態度と言ったらどうよ?と思ったのだ。
それから2年が経過したが…京都市のゴミに対する政策は大して進んでいない。

今年2月には、主に二酸化炭素の削減を目的にした、
『京都議定書』が発効したにもかかわらず、京都市のゴミ処理の基本は、
依然として、『全量焼却主義』であり、
燃える物はとにかく燃やす、ダイオキシンが出ないように高温で燃やす、
出た灰は人里離れた場所に埋め立てる。
市民生活としては確かに悪影響はないかもしれないけれども…
『二酸化炭素を削減する → 燃やすゴミの量を削減する』という
発想にならないのはなぜなのだろう?


8/10付けのHotWiredにこんな記事が載っていた。

米スバル工場が「ゴミ排出ゼロ」実現
 インディアナ州ラフィエットにある米スバル・オブ・インディアナ・オートモーティブ(SIA)社[富士重工業の子会社]の工場では、毎週何百台もの車が生産され、送り出されている。この工場から出ないもの――それはゴミだ。毎週家の前までやってくるゴミ回収車は、この工場の製造過程で出る量よりも多いゴミを運んでいる。

 この工場は、北米初のゴミ排出ゼロの自動車組み立て施設だ。昨年この工場から出た鉄鋼、プラスチックなどの廃材は、100%再利用またはリサイクルされた。たとえば、かつて廃棄処分されていたペイントスラッジ(塗料カス)は、乾燥処理で粉末状になってプラスチック製造業者に出荷され、最終的には駐車場の車輪止めやガードレールに使われる。再利用できない廃材――工場から出るゴミの約3%――に関しては、インディアナポリスに送られ、発電に利用するため焼却される。



もちろん、僕らの生活は製造業ではないから、同じロジックは当てはまらないだろう。
でも、普段なら燃やしているプラスチック製品をリサイクルできるなら?
普段燃やしている紙も、リサイクルできるなら?
そのあたり、真面目に検討している態度すら見えない。
とりあえずデカイ箱もの(=ゴミ焼却場)作っちゃったんだし、
これ使ってどんどん燃やさないと、それはそれでもったいないでしょ、
みたいなロジックなんじゃないのか、と勘ぐってしまう。
ちなみに、2005年8月現在の京都市のゴミ分別は以下の通り。


家庭ごみ / 生ごみ類、プラスチック類、紙類、ガラス類、ゴム・革類など
資源ゴミ / 缶、びん、ペットボトル
小型金属類
その他 / 紙パック、使用済み乾電池、廃油、古紙
(参考:京都市環境局事業部 まち美化推進課

このうち、『その他』のゴミは、指定の場所に持っていくように、
という指示があるだけで取り立てて熱心な指導や、案内はない。
日常生活しているだけだと、収集場所なんかわからんぞ。
さらに古紙に関しては、『自治会、町内会の集団回収に出しましょう。』とあり、
よく言えば、草の根レベルから支えられているけれども、
悪く言えば、市民に丸投げ状態である。
もし、町内会が機能していなかったらどうするんだろう。
学生や、引っ越してきた人間などは、町内会に属していないけど、
そこんところはどうするつもりなんだろう。
大学を数多く抱える割に、お粗末極まりない。


例えば…横浜市の例を見てみよう。
横浜市 資源循環局 ごみと資源の分け方・出し方
見てもらえれば分かるとおり、
ゴミの分別に関する考え方が根本的に違う。
横浜市も、昔は確か、『全量焼却主義』だったはずで、
焼却炉が優秀なら、ダイオキシンも出ないし、
ちゃんと処理できるとか言う理屈を聞いた記憶がある。

でも、重要なのはそこではなくて、ゴミそのものを減らすことなのだよ、
ということをきちんと表明しているし、
また、ゴミとして燃やしてしまう物も減らしていこうよ、とも言っている。
別に横浜市が特別だとは思わないのだが…


どうも、京都市は、口で言っているほどは、
京都に対する自覚が足りないんじゃないだろうか。
いわば、世界における、二酸化炭素削減の象徴でもあるし、
日本を代表する観光都市として、政令指定都市として、
きちんとした政策を行わなければいけないのに…
どうも、腰が重いよね。

この状況を変えるために僕らが出きることって何かあるのかなぁ…



参考サイト:
京都市環境局事業部 まち美化推進課
横浜市 資源循環局 ごみと資源の分け方・出し方
□総論?京都市のゴミの行方□
No.41 京都のゴミは無分別?
分別回収のすすめ