Paralympic

パラリンピック…。

周りの人たちは、パラリンピックを見ているんだろうか?人道的にか分からないが、どのメディアも、ページと時間を割いて特集しているから、人によっては、見ている人もいるんだろうと思うが…なぜだろうか、僕には、彼らを直視することができない。痛い、のだ。
頭では分かっている、彼らはそんな哀れみや、同情など望んではいないし、体が不自由で何でも満足にできるわけではないけれど、しかし、彼らなりに一生懸命生きているのだと。
僕の親戚にも、身体障害者がいる(この書き方でいいのだろうか。礼を失しているような気がするのだが他の表現が見つからない)1人は、生まれたときから一緒に住んでいる(正確には『隣に』)叔母だ。彼女は、少女のときに病気をしたせいで、体が不自由になってしまった。歩くのもつらそうだし、すごく痛々しい。普段、話をしている分には全く意識したことはないのだが、例えば一緒に歩いたりすると、ハッと気付くことがある。もう1人は、いとこで、彼の場合は未熟児だった。小さいときから、体に多くの障害を持ち、日常生活には全く問題はないのだが、喋ることが少し不自由だったり、勉強を人並みのスピードでしていく事ができなかったりした。今も、そうしたことは変わらないが、しかし風の便りでは、彼なりに、一生懸命できることをやっているという話を聞く。
叔母は僕が生まれたときにはもう身体に障害を持っていたが、いとこは僕より2つ年下なので、長い間見てきた。あまり親戚づきあいがあるとは言えなかったし、正直付き合うのは苦手だった。幼い僕には、彼の表情や考えていることが読めなくて、怖かったのだと思う。しかし、彼にとって、最も幸運だったことは、母親の大きな愛があったことだと思う。母親は(つまり叔母は)、彼に、普通の学校に通わせ教育させることにこだわり、裕福な家庭だったこともあるが、彼を、普通の子供として(少なくともそうなるように)育てようとした。その結果がどうと、僕に言う資格はない。しかし、彼女や兄弟の愛があったこそ、今の彼があるのだな…と、思うのだ。
そして、パラリンピック。考えてきたけど、結局よく分からない。でも、メディアがこぞって素晴らしいと口を揃えても、僕には見ることができない。
…なぜなのだろう…?
(Oct.27.2000)

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    I'm a web designer/programmer in Kyoto, Japan. Also work as a blogger, DJ.

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